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第二話「読心術奇譚書」
募る寂しさ
しおりを挟む沙紀は動きを止めて顔だけこちらに向けていた。
助けなきゃ。沙紀を助けなきゃ。
黒猫は大きく口を開き鋭い牙を沙紀の腕へと向ける。ダメだ、間に合わない。黒猫の動きが早過ぎる。彰俊は血だらけの沙紀の腕を想像してしまった。けど、腕に牙が突き刺さることはなかった。沙紀と黒猫の間に入り込んできた者がいた。雅哉だった。
「姉ちゃん、大丈夫か」
頷く沙紀の顔面は蒼白になっている。
「雅哉、腕が……」
雅哉は腕を血に染めていた。このままだと出血多量で死に逝ってしまう。待てよ、ここは雅哉の心の中のはず。ならば問題ないのだろうか。
「大丈夫だよ、これくらい。けど、僕はこいつと一緒に行くよ。ごめん、姉ちゃん」
「なんで、そんなこと言わないで」
黒猫の口からも雅哉の血が滴り落ちている。
雅哉は青白い顔で黒猫の頭を撫でて微笑んでいた。雅哉の足元には血溜まりが広がっているというのに微笑んでいるだなんて。まるでホラー映画を観ているみたいだ。
血の臭いがあたりを包み込み彰俊は顔を顰めた。
「姉ちゃん、僕が一緒に行けば問題ないさ。大丈夫だから」
「ダメ、そんなのダメ」
黒猫はシャーーーッと威嚇をしている。
彰俊はビクンとして後退りしてしまった。『邪魔するのなら容赦しないぞ』ってところだろうか。
「ドクシン。雅哉の心を読めたのか」
「もちろん。あやつは嘘をついている。本心ではない。帰りたいけど、黒猫のことを考えると帰るわけにいかないと思っておるようだ」
「なら、どうすればいいんだよ」
彰俊は無力な自分に腹が立ってきた。
ドクシンは黒猫の心も読もうとしているのだろうか。目を細めて鋭い視線を黒猫に送っている。何かブツブツと繰り返している。呪文でも唱えているのだろうか。
黒猫は低い体勢でいる。近づく者には鋭い爪が飛んでくるだろう。
「見えた。母だ。母猫を探すのだ」
母猫を探す。それで何か変わるのか。ドクシンのことだから何かあるのだろう。ここは信じるしかない。
ドクシンの言葉にアキはすぐに反応した。すでに扉が開かれている。どこにでも行ける扉だ。アキは笑みを浮かべると飛び込んで行った。アキの笑顔に彰俊は背筋がゾクゾクッとした。なかなか慣れないなあの笑顔。
「ところでアキはどこへ行ったんだ」
「母猫を探しに冥界へ。あの黒猫の母はすでにあの世の者なのだ」
冥界か。アキはあの世へも行くことができるのか。
果たして間に合うのだろうか。雅哉の命はもうあと少ししか残っていない気がする。早く戻ってくれと彰俊は祈った。
「姉ちゃん、ごめん。僕はそろそろ逝かなきゃ」
「そんな、そんなのダメ。ほら、私の手をとってよ。そうすれば帰れるから」
沙紀が手を差し伸べた瞬間、またしても黒猫が威嚇して爪を立ててくる。沙紀の腕に赤い筋が三本浮き上がり痛みに顔を歪めていた。彰俊は沙紀の前に立ち黒猫と対峙する。
シャーーーッと黒猫が襲い掛かろうとしてくるが雅哉が黒猫を止めた。
「もういいから。一緒に行くから」
黒猫は雅哉の言葉に安心したのかおとなしくなった。
「雅哉、行かないで」
「ごめん、姉ちゃん。それじゃ、行くからさ。さようなら」
雅哉の姿が徐々に消えかかり背後の景色がくっきりと見えはじめた。
ダメだった。間に合わなかったか。救えなかった。
こんな結末なんて嫌だ。
雅哉の姿はもう完全に消えてしまった。黒猫と一緒に逝ってしまった。もう戻って来ることはないだろう。
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