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第三話「三味線が鳴く」
三味線猫シャセの話
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ここ最近、この近隣で起きている放火魔のことだった。あの放火魔は操られているとシャセは断言した。
「ほほう、お主がやらせたのか」
まったくトキヒズミの奴はいきなりそんなこと言うなんて。本当に失礼な物言いだ。
彰俊は口に人差指を当てて黙るように訴えた。まあ、言うことを聞くような奴ではないが。
「そうではありません。小生と同じ力の持ち主がもうひとりいるのです。犬の皮で作られた三味線犬のインセというものが」
「へぇ、犬の皮でも三味線って作られるんだな」
「そんなことも知らぬのか。そうか脳みそが小指の爪ほどだから仕方がないか」
本当に腹が立つ奴だ。脳みそがそんなに小さいわけがあるか。いっそのことどこか遠くまで放り投げてしまおうか。いやいや、待て。冷静になれ。トキヒズミの言葉は右から左へだ。
「放火魔、また現れるかも」
「えっ、またって。アキ、それはどういうことだ」
アキがいつの間にかすぐ脇で話に加わっていた。アキコでないのは話し方ですぐわかる。
「どういうことって」
「アキ、こいつの脳みそは腐っている気にするな」
なんだと。腐っているはないだろう。
「あのよろしいですか。ここは小生がわかるように説明を。先日、放火魔が逮捕されたと報道がありました。ですが本当の犯人は別にいるのです。おわかりですよね。操られているのですから、また放火魔が現れてもおかしくはないです。根本的な解決には至っておりません。おそらく、捕まった犯人もなぜ放火をしてしまったのか不思議でならないはず」
なるほど。ならば、また誰かが操られて罪を犯すことがあるということか。
「あの、ごめんなさい。ちょっとだけいいですか」
沙紀が申し訳なさそうに口を挟んできた。そうだ、沙紀もいたんだった。三味線猫シャセの話に聞き入ってしまって忘れていた。こっちこそ申し訳ない。
彰俊は沙紀に頷き話すように促した。
「犬の皮で作った三味線って、もしかしたら叔母さんのところにある三味線かもしれません」
「知っているの」
沙紀は頷いた。
沙紀の叔母は骨董屋らしく、ちょっと不思議な三味線を買い取ったとの話を耳にした覚えがあるらしい。
「善は急げ、今から行こう」
「馬鹿たれ、ダメだ」
「なんで」
「腹が減り過ぎだ。明日にしたほうがいい。メシだ、メシの支度をしろ」
まったく偉そうに。何がメシだ。
「アキも、ペコペコ」
なんだアキまで。そう思ったのだが彰俊の腹がくぅ~っと鳴ってしまった。
全員の視線が自分に集まり気恥ずかしくなった。
「まったく腹が減ったのも気づかないくらい耄碌したか」
今回ばかりはトキヒズミの言葉に謝ろうかと思ってしまった。だが違う。間違っても耄碌などしていない。沙紀の相談を真剣に考えていたせいだ。
「それじゃ、私が夕飯の支度をしましょうか」
えっ、沙紀が夕飯の支度。
思わぬ展開にニンマリしてしまう。沙紀の手料理が食べられるとは天にも昇る心地だ。ってそれは大袈裟かもしれない。いや、大袈裟なんてことはない。
結局、次の日にみんなで沙紀の叔母のもとへ行くことにした。まさかとは思うが沙紀の叔母が真の犯人ってことはないのだろうか。余計な勘ぐりはやめておこう。
沙紀の手作り料理は濃厚なシチューだった。先日、母が持ってきたジャガイモ、ニンジン、玉ねぎが箱に入ったまま放置されていたのを見たせいだ。カレーという選択肢もあったが、アキの「シチュー」の一言が決め手になった。
「アキコ姉ちゃんもシチューは大好物だからきっと喜ぶ」ともアキは口にした。
はたしてアキコは喜ぶだろうか。アキコにとってライバルの沙紀の手料理だ。彰俊はため息をひとつ漏らす。アキコの問題もどうにかしないといけない。
まあ、とりあえずは沙紀のシチューを堪能しよう。
おお、これぞ至福の時だ。美味いの一言につきる。沙紀は料理上手なのか。付き合えたらもっと沙紀の手料理が食べられるのかと思うと心が踊る。なんて最高の日なのだろう。お腹も心も大満足だ。
三味線猫のシャセも満足しているのか、びゃんびゃんびゃんびゃ~と尻尾で三味線を弾いていた。なんとも和やかな風景だ。ちょっと変な音色だが、なぜだか癒される音色だった。
「アキちゃん、すごいそれ三杯目だよ」
えっ、アキが三杯も。
アキは小食だと思っていたが、そこまで食べるとはそうとう気に入ったのだろう。そのあとのアキの余計な一言には度肝を抜かれたが。
「彰俊のお嫁さんになったらいいのに」と。
その言葉に沙紀の頬が染まった。おお、これは脈ありか。
もしやこれは運命? いやいや、それは早合点が過ぎる。
危ない、危ない。今、沙紀を抱きしめてしまいそうになった。急にそんなことしたら変態だって思われて終わるところだ。
ふと背後に振り返るとシャセが「そうなりたかったでしょう」とニタッと笑みを浮かべていた。もしや、操られていたのか。やはり、人を操る力は驚異だ。どうにかしなくてはいけないなとつくづく思った瞬間だった。
後になって気づいたことだが、アキも操られていたのかもしれない。
「苦しい。急に食欲が増すだなんて。うっ、吐きそう」と呟いていた。
もしかするとシャセは真面目そうに見えて実は悪戯好きなのかもしれない。んっ、真面目そうな猫っていただろうか。まあいいか。
「ほほう、お主がやらせたのか」
まったくトキヒズミの奴はいきなりそんなこと言うなんて。本当に失礼な物言いだ。
彰俊は口に人差指を当てて黙るように訴えた。まあ、言うことを聞くような奴ではないが。
「そうではありません。小生と同じ力の持ち主がもうひとりいるのです。犬の皮で作られた三味線犬のインセというものが」
「へぇ、犬の皮でも三味線って作られるんだな」
「そんなことも知らぬのか。そうか脳みそが小指の爪ほどだから仕方がないか」
本当に腹が立つ奴だ。脳みそがそんなに小さいわけがあるか。いっそのことどこか遠くまで放り投げてしまおうか。いやいや、待て。冷静になれ。トキヒズミの言葉は右から左へだ。
「放火魔、また現れるかも」
「えっ、またって。アキ、それはどういうことだ」
アキがいつの間にかすぐ脇で話に加わっていた。アキコでないのは話し方ですぐわかる。
「どういうことって」
「アキ、こいつの脳みそは腐っている気にするな」
なんだと。腐っているはないだろう。
「あのよろしいですか。ここは小生がわかるように説明を。先日、放火魔が逮捕されたと報道がありました。ですが本当の犯人は別にいるのです。おわかりですよね。操られているのですから、また放火魔が現れてもおかしくはないです。根本的な解決には至っておりません。おそらく、捕まった犯人もなぜ放火をしてしまったのか不思議でならないはず」
なるほど。ならば、また誰かが操られて罪を犯すことがあるということか。
「あの、ごめんなさい。ちょっとだけいいですか」
沙紀が申し訳なさそうに口を挟んできた。そうだ、沙紀もいたんだった。三味線猫シャセの話に聞き入ってしまって忘れていた。こっちこそ申し訳ない。
彰俊は沙紀に頷き話すように促した。
「犬の皮で作った三味線って、もしかしたら叔母さんのところにある三味線かもしれません」
「知っているの」
沙紀は頷いた。
沙紀の叔母は骨董屋らしく、ちょっと不思議な三味線を買い取ったとの話を耳にした覚えがあるらしい。
「善は急げ、今から行こう」
「馬鹿たれ、ダメだ」
「なんで」
「腹が減り過ぎだ。明日にしたほうがいい。メシだ、メシの支度をしろ」
まったく偉そうに。何がメシだ。
「アキも、ペコペコ」
なんだアキまで。そう思ったのだが彰俊の腹がくぅ~っと鳴ってしまった。
全員の視線が自分に集まり気恥ずかしくなった。
「まったく腹が減ったのも気づかないくらい耄碌したか」
今回ばかりはトキヒズミの言葉に謝ろうかと思ってしまった。だが違う。間違っても耄碌などしていない。沙紀の相談を真剣に考えていたせいだ。
「それじゃ、私が夕飯の支度をしましょうか」
えっ、沙紀が夕飯の支度。
思わぬ展開にニンマリしてしまう。沙紀の手料理が食べられるとは天にも昇る心地だ。ってそれは大袈裟かもしれない。いや、大袈裟なんてことはない。
結局、次の日にみんなで沙紀の叔母のもとへ行くことにした。まさかとは思うが沙紀の叔母が真の犯人ってことはないのだろうか。余計な勘ぐりはやめておこう。
沙紀の手作り料理は濃厚なシチューだった。先日、母が持ってきたジャガイモ、ニンジン、玉ねぎが箱に入ったまま放置されていたのを見たせいだ。カレーという選択肢もあったが、アキの「シチュー」の一言が決め手になった。
「アキコ姉ちゃんもシチューは大好物だからきっと喜ぶ」ともアキは口にした。
はたしてアキコは喜ぶだろうか。アキコにとってライバルの沙紀の手料理だ。彰俊はため息をひとつ漏らす。アキコの問題もどうにかしないといけない。
まあ、とりあえずは沙紀のシチューを堪能しよう。
おお、これぞ至福の時だ。美味いの一言につきる。沙紀は料理上手なのか。付き合えたらもっと沙紀の手料理が食べられるのかと思うと心が踊る。なんて最高の日なのだろう。お腹も心も大満足だ。
三味線猫のシャセも満足しているのか、びゃんびゃんびゃんびゃ~と尻尾で三味線を弾いていた。なんとも和やかな風景だ。ちょっと変な音色だが、なぜだか癒される音色だった。
「アキちゃん、すごいそれ三杯目だよ」
えっ、アキが三杯も。
アキは小食だと思っていたが、そこまで食べるとはそうとう気に入ったのだろう。そのあとのアキの余計な一言には度肝を抜かれたが。
「彰俊のお嫁さんになったらいいのに」と。
その言葉に沙紀の頬が染まった。おお、これは脈ありか。
もしやこれは運命? いやいや、それは早合点が過ぎる。
危ない、危ない。今、沙紀を抱きしめてしまいそうになった。急にそんなことしたら変態だって思われて終わるところだ。
ふと背後に振り返るとシャセが「そうなりたかったでしょう」とニタッと笑みを浮かべていた。もしや、操られていたのか。やはり、人を操る力は驚異だ。どうにかしなくてはいけないなとつくづく思った瞬間だった。
後になって気づいたことだが、アキも操られていたのかもしれない。
「苦しい。急に食欲が増すだなんて。うっ、吐きそう」と呟いていた。
もしかするとシャセは真面目そうに見えて実は悪戯好きなのかもしれない。んっ、真面目そうな猫っていただろうか。まあいいか。
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※初出2024年7月
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