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第四話「鏡に映る翡翠色の瞳」
笑い上戸の相談者
しおりを挟む「ほら、起きろ。寝坊助、起きろ。寝過ぎると、身体にカビが生えるぞ」
まったくうるさい奴だ。身体にカビだ。そんなわけあるか。
まだ寝ていたいがしかたがない。起きるしかない。
彰俊は大欠伸をひとつしてゆっくりと起き上がると懐中時計の付喪神と化したトキヒズミを睨みつける。
「うるさい、何の騒ぎだ」
「おお、やっと寝坊助のお目覚めか。客だぞ。仕事だ、仕事」
まったく鼓膜が破れてしまうじゃないか。こいつの声は騒音だ。それにその手にして鳴らしているのはなんだ。
空き缶か。
やめろ、やめろ。そんなことしていたら近所から苦情くるじゃないか。
耳元に置いて小石を持ちバンバンと鳴らすとは嫌がらせにもほどがある。最悪な目覚めだ。
あれ、ということはさっきのは夢ってことか。うーむ、そんな気がしない。もしかしていつものやつか。
あっ、客だとか今言っていたな。仕事だとも。
そうか、やっぱりいつもの変な夢だったのか。けど、なんだかいつもの感じとちょっと違った。
「ほら、早く着替えて客を迎えろ。のろまは嫌われるぞ」
「わかったよ」
朝から口の減らない奴だ。
適当にそのへんにある服を選び、素早く着替えを終えて隣の部屋へ顔を出す。おんぼろだが、二部屋あるアパートでよかったとこのときばかりは思った。隣でアキが対応していた客は、色白で和服が似合う美人だった。
「おい、鼻の下が伸びきっているぞ。スケベが」
「な、なにを」
女性が口を押さえて破顔した。
「トキヒズミ、あっち行け」
何を思ったのかアキがトキヒズミを掴み隣の部屋へと放り投げてしまった。隣からカツンと音が。壊れていなければいいが。アキはトキヒズミの何に癇に障ったのかわからないが、口は災いの元ってことか。いや、もしかしたら今のはアキではなくアキコかもしれない。
女性はクスクス笑っている。どうやら笑い上戸のようだ。
「あ、すみません」
「いえ」
「楽しいお宅ですね」
彰俊は、なんだか気恥ずかしくなった。
「あ、それはそうとどのようなご依頼でしょうか」
「はい、実はお嬢様を救ってほしいのです」
そんな言葉とともに、袱紗に包まれた何かを鞄から取り出した。それはひび割れてしまった手鏡だった。
「これは?」
「はい、お嬢様が大事にされていたものです。このひび割れを直してほしいのです。そうすれば、お嬢様は救われます」
彰俊は手鏡を手に取り眺めるとなぜか夢の光景が脳裏に浮かんだ。
やはりあれはいつもの依頼前に見る夢だったのか。いつもはあんな嫌な気持ちにさせる夢なんて見ることはなかったけど……。なぜあんな夢だったのだろう。
「おい、ボケボケするな。それとも居眠りしているのか」
彰俊は毒舌を吐きながら戻ってきたトキヒズミに人差指を立てて口元へと持っていった。
「なんだよ、黙れっていうのか。命令するとは十年早い。う、うわっ」
呻き声にチラッと見遣るとまたアキが隣の部屋へとトキヒズミを放り投げているところだった。
そんな様子にまたしても着物の女性がクスクスと笑んでいた。
「アキ、今日はどうしたんだ」
小声でアキに声をかけると「アキじゃない。アキコ」と睨まれてしまった。なんだ、アキコだったか。それにしても今日のアキコは虫の居所が悪いようだ。
あれ、この女性は座敷童子猫が見えているのか。それって、もしかして。
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