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第四話「鏡に映る翡翠色の瞳」
主を思う狐
しおりを挟む笑っている女性は気が緩んでしまったのか、ふさふさの尻尾が少しばかり覗いていた。そうか、こいつ狐が化けているのか。もしかして九尾の狐なのかも。ならば聞くまで。
「ちょっと聞きたいのですが、狐さん。まさか、俺を黄泉の国に連れて行こうなんて思っているんじゃないでしょうね」
「えっ、な、なにを」
彰俊は頬を緩ませて、「尻尾」とだけ口にした。
「あはは、こりゃ参った。ばれちゃいましたね。なら、もうこの姿は用済みですね」
着物の女性は一瞬のうちに九尾の狐に姿を変えた。
「で、本当にこの手鏡を直してもらいにきたのですか?」
彰俊の問いに狐は頷いた。夢でのことはちょっとした悪戯だそうだ。あまりしてほしくない悪戯だが、そう聞いてホッとした。
「ツネ、そこにいるのですか。わたくしは頭が割れそうなのです。晋介様はみつかったのですか」
手鏡の中から声がした。夢のときと同じ声だ。狐の名前は『ツネ』というのか。
「すず様、ここにおります。晋介様と今話をしている最中です。大丈夫ですよ、苦しみが癒えるのも時間の問題ですから」
「そうですか、ありがたいことです。これで、晋介様と添い遂げられるのですね」
添い遂げられるって今言わなかったか。
「おい、ちょっとそれはどういうことだ」
手に持っていた手鏡を覗くとうっすらと女性の顔が浮かんでいた。やはりこの顔は夢で見た女性だ。
「狐、嘘つき」
アキの一言に、狐のツネは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「そうだ、そうだ、この化け狐め。おいらの遊び相手を黄泉へ連れて行こうって腹積もりだろう」
トキヒズミの遊び相手という言葉には引っ掛かるが、一応心配してくれているのだろう。
「ああ、晋介様。お久しぶりです。夢にお邪魔してしまい申し訳ないことをしました。ですが、あれがわたくしの本心でござます。どうか、この手鏡のひび割れを直して一緒に逝きましょう」
「いや、それは出来ない相談だ。その前に俺は晋介ではなく、彰俊です。人違いです」
「嘘です。そんなはずは……」
すずは手鏡の中で涙を零していた。どうしたものか。
「嘘、ダメ。黄泉行く、ダメ。命、大事、大切」
アキが口を尖らせて手鏡の女性を睨み付けている。
「化け猫、すず様に手出ししたら許さぬぞ」
「待て、待て。きちんと話し合いをだな」
彰俊はアキとツネの間に割って入った。今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうなバチバチとした睨み合いだった。
「彰俊、守る。命、守る」
「アキ、わかったから。もうちょっと冷静になってくれ」
アキの真剣な表情に気圧される。アキの過去に何があったのか知らないが、どうにも命に関わることになるとアキは豹変するようだ。
「そこにいるアキとやら。わたくしが悪かった。わたくしもわかっている。晋介様がこの時代にいるはずもない。この者たちの絆は強いようだ。ツネもうよい、戯れは終わりにするとしましょう」
「ですが、それでは」
「ツネ、くどい。よいといったらよいのだ」
「はい、すず様」
「命、大事。命奪う、ダメ。弄ぶ、ダメ」
アキはまだ怒りが収まらないようだ。
「アキ、そうだよな。命は大切だよな。すずもツネも反省しているようだから、許してやってくれないか」
アキは膨れっ面をしているが、チラッと目を向けてきて頷いた。渋々という感じだが、無謀な真似はしないだろう。
「嵐は過ぎ去ったか。もう大丈夫なのか。阿呆のぶつかり合いは、回避されたか」
トキヒズミが隣の部屋から顔だけ覗かせて、様子を窺っている。すかさず、アキは睨み付けてトキヒズミを蹴り飛ばした。トキヒズミの呻きがこだまする。まったく余計なこと言わなきゃいいのに。
「アキとやら、すまない。我もすず様をお守りする役目を仰せつかっているゆえ、悲しみを癒してやりたいと思っている。だからと言って、命を奪うことは違うことだ。すまなかった」
「もういい。許す」
彰俊はホッと胸を撫で下ろして、息を吐き出した。
「いやいやいや、あたいは許さない」
「待て、待て。アキコ。ややこしくするな」
殴り飛ばそうとする勢いでツネへとズンズン進むアキコを彰俊は引き止める。丸く収まりそうだったのにまったく仕方がない奴だ。
「んっ、アキコとは。アキではないのか」
「ええ、まあ、こいつは二重人格なもので」
「なるほど」
「なにがなるほどよ。あたいはね。彰俊を誑かす奴は許せないの」
「それはすまなかった。この者が晋介殿に瓜二つだと聞き及び、すず様の心に癒しをと思ってのことだ。主の苦しみをどうにか取り除いてやりたいと思う気持ちをわかってくれ。だが間違いは間違いだな。ちと暴走してしまった。本当に申し訳ない」
ツネは頭を下げて謝辞を述べた。
「いや、いいんだ。黄泉へ連れて行くなどともう言わないだろう」
「はい」
返事をしたのはツネではなく、手鏡のすずだった。
「ところで、このひび割れは直すべきだよな」
彰俊は膨れっ面をしているアキコと隣の部屋から様子を窺っているトキヒズミに問い掛けた。
「ふん、あたいは知らない」
「アキコ、それはないだろう」
「もう彰俊はお人好し過ぎ。命を奪われそうになったのよ」
「わかっている。けどさ」
「ああ、もうわかったわよ。彰俊の好きにすればいいわ」
トキヒズミはニヤリと笑みを浮かべて「おいらはおたんこなすに任せる」とだけ呟いた。
誰がおたんこなすだ。意味はよくわからないけど絶対に悪い意味だろう。
ツネがニヤついた顔でこっちをみつめていた。
彰俊は咳払いをひとつして「とにかくその手鏡は直そう」とツネと目を合せた。
ツネは頷き、「このひび割れが直るのであれば、いつでも晋介様のお姿をすず様は見ることが出来るようになります。この手鏡は見たいものを映すことが出来る鏡なのですから」と口にした。
なるほど、それは凄い。
手鏡を直そうと言ったものの、こういうのって職人に頼めばいいのだろうか。けど、それで不思議な力も復活するとは思えない。
「よろしくお願いいたします」
すずのか細い声が手鏡から漏れる。
「ああ、そのなんだ。どうにかしよう」
策もないのに安請け合いしてしまった。どうすればいいのやら。
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