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第四話「鏡に映る翡翠色の瞳」
妖精たちに助けられ
しおりを挟むんっ、今「月」と聞こえてきた。妖精たちの視線も上に。指差しているようにも見える。
もしかしたら……。
彰俊はすずが映り込んでいる手鏡を月明かりに向けて掲げてみた。月明かりが鏡に当たり四方八方に光が反射していく。まるで光のシャワーだ。そのシャワーが妖精たちを包み込み光の衣と変化したかと思うと手鏡を取り囲んでいく。手鏡は妖精たちの手に渡り、池の真ん中あたりまで飛んでいった。気のせいだろうか、優し気な笑い声があたりを包み込んだ。妖精の笑い声かもしれない。
妖精たちは手鏡を上へと向けたり下へと向けたりと繰り返して、月の光と池から反射された光とを交互に当てていた。そのまわりをたくさんの妖精が踊り歌っている。
おや、妖精たちの動きが変わった。空に近い者と水面に近い者、手鏡を持つ者に分かれていく。
水面ぎりぎりにいる妖精たちは水を蹴るように飛び跳ねながら走り回り波紋を作り、水飛沫を飛ばしている。不思議なことに水飛沫が音符のような形で浮き上がり鏡に当たり消えていく。同時に空へと飛んだ妖精たちは月の光を浴びて赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫と色を変えてクルクル回り月光を鏡へと運んでいく。手鏡を持つ妖精たちは透き通る声を響かせて合唱している。
まるでミュージカルの舞台を鑑賞しているかのようだ。
どれくらい見続けていただろうか。長い時間だったようでもあり、短い時間だったようでもある。時間の流れが不確かになるくらい、美しい光景だった。
すると、突然妖精たちは手鏡を池へと落とした。
ハッと息を呑み、手鏡の落ちた先に目を向けたが沈みゆく黒い影となり判別出来なくなった。どうなってしまうのだろうか。胸中がどうにもざわついてしまう。
「ああ、すず様。あのお方はもしや晋介様では?」
ツネの言葉を横で耳にしつつ、彰俊も口をぽかんと開けて池からゆっくりと立ち昇る人の姿を確認した。確かにそっくりだ。さっきのすずの言葉は見誤っていたわけじゃなかったのか。すずと晋介、二人とも良い笑顔だ。
「あ、待ってくださいよ。我も一緒に」
夜空へと向かうふたりを追いかけてツネは天を駆け上がっていった。一度だけ振り返り、お辞儀をするとふたりと一匹は夜空の向こうへと消えてしまった。
「いっちまったな。これで解決したってことか。これで阿呆の鼻の下が伸びることもなくなったか」
「え、今なんて」
沙紀が身を乗り出してトキヒズミに怖い顔をして詰め寄った。
「おい、なんでおいらに怒鳴るんだよ。浮気者はそっちの唐変木じゃないか」
「いいえ、彰俊さんはそんなことしません。ね、アキそうでしょ」
「はい。トキヒズミ、悪い」
「ほら」
「なんでだ、おかしいだろう。おいらが何をした」
口は災いの元だってことだ。
池からやっと這い上がってきたであろうトキヒズミはまたしても池に放り投げられてしまった。自業自得だ。けどちょっと可哀想でもある。
んっ、これは。
足元に綺麗な輝きを取り戻した手鏡が落ちていた。どうやら不思議な力は失っているようだ。すずとともに鏡に宿った力もついて行ったのかもしれない。おそらくすずと晋介は黄泉の国で楽しく暮らしているだろう。
「さてと、帰るとするか」
彰俊は手鏡を取り皆の方へ振り返る。池から戻ったトキヒズミに文句を言い続けている沙紀とアキの二人がいた。いや、アキコかあれは。その光景に思わず吹き出しそうになる。
本当に今日のトキヒズミは厄日だったのかもしれない。
んっ、今誰か何か言わなかっただろうか。
風に揺れる草むらに向けて目を凝らして見たが誰もいないようだった。気のせいだろうか。確か『失敗とかなんとか』聞こえた気がしたのだが失敗なんてしていないし……。空耳だろうか。首を傾げて月を見上げた。
風の音がそう聞こえただけかもしれない。きっとそうだ。
「いつまでも言い合ってないで帰るぞ」
彰俊はみんなに声をかけ鏡ヶ池をあとにした。
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