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第六話「怪しき茶壷と筆」
怖い筆
しおりを挟む「死期が近づくとその者はノートに記されるのですが、どういうわけか改竄された形跡がありまして」
「改竄」
「はい。書き換えられていたんです。それで少し前のことなんですが『時守彰俊』との名が記されまして」
な、なに。
「俺、死ぬのか」
「いや、それはありません。以前のようなことがあってはならないとチェックが厳重になっていますので」
「つまり、俺の名前も何者かに改竄されたってことか」
「そのとおり。あなたはまだ死は訪れません」
なんだ死なないのか。彰俊はホッと胸を撫で下ろし死神を見遣る。
「で、何かわかったのか」
「ええ、まあ。死者のノートを書き換えるとなると以前使用していた筆しか考えられないという結論に至ったわけでして。ここへ来た次第です」
どういうことだ。その筆とどんな関係があるのだろう。
「いてて」
誰だ手を抓ったのは。
「こらー、いつまでおいらを抑え込んでいる。殺す気か。ド阿呆が」
トキヒズミが真っ赤になって怒鳴り散らした。
忘れていた。けど、トキヒズミも死ぬのか。付喪神だろう。どうなのだろう。
「おい、ボケナス。さっさとその汚い手をどけろ」
「ごめん」
「ごめんじゃすまぬ。だからおまえは阿呆なんだ」
「あの、その。お話中すみませんが、トキヒズミは死すことはありません」
「うるさい、黙れ。そもそも、おまえがドジでノロマでウスラトンカチだからいけないんだ」
彰俊は死神に頭を下げるとトキヒズミをどうにか落ち着かせたようと試みた。たがうまくいかず暴れ回っているのをただ見ているだけになってしまった。まったく話が進まないじゃないか。
どうすりゃいい。
やっぱり放り投げて黙らせるしかないか。
「そういうときはこうすりゃいい」
「じいちゃん」
栄三郎がどこから持ってきたのかスタンガンを手にしてトキヒズミに押し当てていた。
「どうだ、おとなしくなっただろう」
「確かにそうだけど、大丈夫なのか」
ずいぶんと荒療治だ。
「問題ないさ。ただあとで大暴れする恐れはあるがな」
手足が消えただの懐中時計に戻ったトキヒズミをポケットに入れて死神に向き直る。
筆のことは栄三郎が教えてくれた。
蔵に十数年前にしまった覚えがあるらしい。蔵にあるのならどうやって死神の持つノートに書けたのだろうか。付喪神となっていれば容易いことなのだろうか。今まで関わってきた者たちも不思議な能力を持っていたし、ありえない話ではない。けど、死神が使うような筆がなぜ蔵に。
視線を感じてそっちへ目を向けると栄三郎がニヤリとしていた。
「時守家だからな。不思議なものが集まりやすいってこったな」
なるほど。時守家はあの世とも繋がりがあるからか。いやいや、それだけでは納得できない。なぜか筆が時守家の蔵にある理由だけはうやむやにしようとする。話しにくい何かがあるのだろうか。それともただ話すのが面倒なだけなのか。
ここに筆がやってきた理由はさておき、その筆が今回の件に関わっているのだろうか。
んっ、だとしたらなぜ沙紀を亡き者にしようとしたのだろう。沙紀は時守家とは関係ない。仲良くさせてもらっているがだからと言って狙われる所以はないはず。そもそも、狙われたから沙紀と出逢ったわけで……。
沙紀については別に何か怨みがあったってことか。彰俊は首を傾げて考え込んだ。
わからない。
自分の名前も一時記されたっていうし……。
どうしてだろうか。これとした理由がみつからない。栄三郎もさっぱりわからないようだ。直接訊いたほうが早いかもしれない。
それにしても人を死なせようとするとは怖い筆だ。
夢で首を絞められたのもその筆のせいなのだろうか。それしか考えられない。
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