41 / 53
第六話「怪しき茶壷と筆」
茶壺の瑞穂
しおりを挟むそれにしてもこの蔵は埃臭い。どうにかならないのだろうか。
「なあ、じいちゃん。この蔵、きちんと整理整頓して掃除したほうがいいんじゃないのか」
「んっ、彰俊。それはおまえの仕事だろう。わしはもうあっちの住人だ。掃除など出来ぬ。おまえが掃除をしないからこうなったのだろう」
栄三郎の言う通りだ。考えて見ればこうなったのは自分のせいだ。栄三郎が亡くなってから一度も手入れはしていない。
まさか、それで怒って……。
いやいや、それだったらそう言えばいいだけだ。人を殺そうとする理由にはならない。
「ほら、木偶の坊。ぼうっとしていないでおまえも探せ」
「はい、はい。探しますよ」
ペシペシペシッ。
「いてぇ。なんだよトキヒズミ」
「ふん、返事がなっておらん。それにさっきの仕返しだ」
スタンガンでやられたことを根に持っているのだろう。それなら自分じゃなく栄三郎だろう。
「トキヒズミ、怨むならじいちゃんのほうだろう」
「うるさい。栄三郎は幽霊だ。叩いても殴っても痛くも痒くもないだろう。それじゃ面白くない。だからおまえは我慢しろ。栄三郎の孫だろう」
そんな……。
彰俊は思いっきり息を吐き出し、仕方がないかと諦めることにした。トキヒズミの気が済むまで我慢しよう。
「うーん、おかしい。どこにもないな」
「じいちゃん、本当にここにあったの」
「ああ、間違いないと思うんだが記憶違いだったろうか」
「耄碌ジジイが早く思い出せ」
「なに、わしは耄碌などしておらん。出来損ないが」
「なんだと。おいらは出来損ないではない。やるか、ジジイ」
「おお、上等だ。やれるものならやってみるがいい」
「ちょっと、ちょっと二人ともやめて。ケンカしている場合じゃないだろう」
「止めるな、役立たず」
「いい加減にしろ。トキヒズミ」
近くにあった急須を持ち上げてトキヒズミに投げようとしたそのとき甲高い声が響き彰俊は耳を塞ぐ。しまった。手にしていた急須を手放してしまった。
まずい、割れる。貴重な品だったらどうしよう。
あれ、こいつは……。
こいつも付喪神か。手足が生えている。
「危ないところでした。わたくしに先読みの力がなければ粉々になっていましたわ。気をつけてくれないと」
「す、すみません」
彰俊の謝罪に急須は「まあ反省しているのでしたら許してさしあげます」と口にした。
「おっ、おまえは確か。筆と一緒にここへ来た茶壷だろう。なぜ蔵に」
「まあ、なんて失礼な。おまえではありません。わたくしは『瑞穂』という名がきちんとあるのです。お忘れですか。寂しいではないですか」
栄三郎は頭を掻いて深々と頭を下げ謝っていた。
「すまない。わしはすっかり瑞穂のことを忘れておった。耄碌してしまったな」
栄三郎は急須を両手で抱きしめるように優しく手に取った。
「あっ、耄碌だなんて。わたくしも言い過ぎました。すみません」
「ところでおまえ、いや瑞穂、筆がどこにいるか知らないか。一緒にここへ来ただろう」
「ええ、確かに一緒でしたわね。けど、教えてあげません。申し訳ありませんが、わたくしたちの未来がかかっているのです」
未来。いったい何を言っているのだろう。というかこれ急須だろう。栄三郎はさっき茶壷とか言っていた。茶壷と急須って違うだろう。同じなのか。壺っていうと形が違うものを想像してしまう。注ぎ口があって取っ手があるとやっぱり急須だと思うけど。
「ボケっとするな」
またしてもトキヒズミに頭を叩かれた。
「叩くんじゃない。痛いだろう」
「そうか痛いか。おいらはもっともっと痛かったんだぞ」
それを言われると言い返せない。
「瑞穂、つれないこと言うな。教えてくれ。そうでないとわしの孫の未来もないかもしれぬではないか」
「そう言われましても」
「それにしてもわしの恩人の茶壷を蔵にしまうとは」
栄三郎がこっちに目を向ける。彰俊はすぐにかぶりを振り「違う、違う」と否定した。
「おいら、知っているぞ。この阿呆の父親が蔵にしまっていたな」
栄三郎は溜め息を漏らして「そうか。可哀相なことをした。彰俊、これはおまえが持っていろ。わしの大切な茶壷だからな。出来れば使ってもらえるとうれしいのだが」と目を合せてきた。
そんなに大切なものなのか。恩人っていったいなにがあったのだろう。
「燈子」との言葉とともに栄三郎の目からポタリと雫が茶壷に落ちた。
燈子って、確か祖母の名前だ。なぜ祖母の名前が出てくるのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる