時守家の秘密

景綱

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第六話「怪しき茶壷と筆」

筆と茶壷がやって来た日

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「栄三郎、栄三郎。どこにおる」

 なんだ騒がしい。

「誰だ。わしを呼ぶのは」
「いた、いた」

 な、なんだ。こりゃまずい。地獄に連れて行かれてしまう。目の錯覚じゃないとしたらあいつは鬼だ。鬼は鬼でも地獄の門番だ。なぜうちにくる。何か悪いことをしただろうか。嘘をついたことはあるがそれくらいで地獄に連れて行かれたら堪らない。
 栄三郎は扉を閉めて鍵をかけて息を潜めた。今更、そんなことをしても遅いとわかっているがそうしてしまった。
 地響きをたてて近づく足音が玄関前でピタリとやんだ。

 んっ、静かになった。帰ってくれたのか。
 ちょっと覗いてみようかとドアノブに手をかけてすぐにやめた。気配は感じられないがおそらく外にいる。もしかしたら聞き耳をたてているかもしれない。
 どうしたらいい。

 待てよ、悪いことをしていないのなら隠れる必要はないのではないか。
 栄三郎はゆっくりと玄関扉を開けていく。
 あれ、どこへ行った。

「下だ、下」

 下を見たとたん頭の中に疑問符が湧いてくる。さっきの鬼はこいつなのか。まさか、そんなはずは……。

「すまない。脅かしてしまったな。おいら閻魔様のお使いで来た。ササだ」
「ササ」
「おうよ、ササだ。で、これを持ってきた」

 ササは筆と茶壷を手渡してきた。

「これは」
「それか。あの世で使っていた筆と茶壷だ。新しいものにしたからこの二つは栄三郎にあげようということになった。閻魔様が栄三郎のところなら役立ててくれるだろうって」

 そう言われても。あの世のものを貰ってもいいものだろうか。何か不思議な力があるってことはわかる。じっと筆と茶壷をみつめていたらササが「大丈夫だ。悪さはしないさ。たぶんな」とニッと笑った。
 なんて愛らしい笑みを浮かべるのだろう。本当にこいつは鬼か。

「なんだおいらの顔になんかついているか」
「いや、その。なんとなく鬼らしくないなって思って」
「そうか。おいらは鬼だぞ。まだ小鬼だけどさ。あっ、鬼だからって荒くれ者みたいなの想像するなよ。みんなそうじゃないからな」
「そうだろうけど。さっきは……」
「ああ、それはすまない。ちょっと地獄の門番に憧れていてさ、ちょっと変化したくなっちまったんだ」

 なるほど。
 んっ、なんだ。
 突然、手に持っていた筆と茶壷が飛び跳ねるといかにも峻厳しゅんげんな感じの紳士と色香のある和服美人へと変化した。

「俺様は舟雲。よろしく頼むぞ」
「わたくしは瑞穂です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」

 栄三郎が慌てて返事をすると舟雲に睨まれてしまった。瑞穂は苦笑いを浮かべてお辞儀をしている。
 とりあえず蔵にしまっておこうか。

「それじゃ、あとはよろしく。おいらは帰るからさ」

 ササは物凄いスピードで走り去ってしまった。
 筆の舟雲と茶壷の瑞穂か。うまく付き合っていけるだろうか。瑞穂のほうは親しみある感じだけど舟雲はなんとなく苦手なタイプに思える。
 まあ、閻魔様からの大事な贈り物だ。大切にしなくてはいけない。

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