小説家眠多猫先生

景綱

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第一章 吾輩は眠多猫である

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 慣れとは恐ろしいものだ。猫がパソコン操作しているこの光景に驚きが薄れてきている。いつもの当たり前の光景だ。いや、当たり前などと思ってはいけない。決して誰にもこのことを話してはいけない。秘密だ、秘密にしなければならない。極秘事項だと頭に叩き込んでおけ。誰かに話したところで頭が変になったと勘違いされるのがオチだ。もし信用したとしても、金儲けに使われてしまうに違いない。今まさに、眠多猫先生を誘拐しようと企んでいる輩がいるかもしれないじゃないか。どこから秘密が漏れるかわからないから、気をつけなくてはいけない。

 真一は苦笑いを浮かべて執筆作業を邪魔しないようにといつものように見守っていた。なんといっても世界初の猫小説家の眠多猫先生なのだから。ちなみに『眠多猫』という名前は自分が考えた名前だ。本人も気に入っているらしい。あっ、本猫か。先生と呼ばれることが嬉しいのかもしれないが。まあそんなことどっちでもいい。直接訊いてしまえば、すぐにわかることだ。けど訊くつもりはない。

 非現実的だと思いだろうが、実際目にしているのだから夢でない限りこれが現実だ。三毛猫の雄という希少価値ある猫であるとともに、人の言葉を理解する天才猫だ。しかも、文才があるのだから大したものだ。
 はじめて眠多猫先生の書く小説を読んだときの衝撃ときたら、なんと表現してよいのやらわからないくらい凄いものだった。これは世に出さないのは惜しい。そう思ったら、どんな評価をされるのか気になって応募するしかないと行動を起こしていた。ただ猫だということは伏せておくことにした。こんな場面に出くわしたら誰もがそうするだろう。

 その結果は、なんと大賞を受賞するという快挙を成し遂げてしまった。そのときは身体に電気が走った。実際に電気が走ったわけではないがそれくらいの驚きだったというだけだ。眠多猫先生は当然だと踏ん反り返って偉そうにしていたけど、それが嫌味に感じないからすごい。可愛いなんて思ってしまったくらいだ。これは猫好きの性かもしれない。

 真一の勤務する出版社主催の公募だったのだが、不正を働いたわけではない。公募に関しては担当ではなかったから、まったく真一の関与することではなかった。つまり眠多猫先生の実力で成し遂げたことだ。ただ問題なのは、猫が小説を書いたという事実をどう説明すればいいかということだ。誰も信じないだろう。なら、この事実は永遠に伏せるべきか。授賞式はどうすると焦り悩んだものだ。

 悩みに悩んだあげく真一は、編集長にだけ話すことにした。もちろん、本猫にも逢わせた。実際にパソコンを使っているところを見せて納得させると震える声を出して「猫小説家として売り出そう」と盛り上がってしまい今に至るというわけだ。あ、そうそう授賞式は都合により欠席ということにして代理人として自分が立った。眠多猫先生を連れて行くわけにはいかない。

 あのとき、もし眠多猫先生を連れて行っていたらどうなっていただろうか。カメラのフラッシュの嵐にパニックを起こして逃走。もしくは、三毛猫の雄だと判明して誰かに誘拐されていたってことも考えられる。そんな光景が目に浮かぶ。やっぱり、連れて行かないとう判断が正解だったのだろう。ストレスで執筆できなくなっていた恐れだってある。

 ストレスか。執筆作業はストレスを感じていないのだろうか。今度、それとなく確認してみよう。

 猫の小説家なんて、眠多猫先生にとって迷惑極まりないことだったのではないかと心配にもなる。結局猫が書いた小説として売り出してしまったのだが。楽しんで小説を書いていてくれればいいなと思っている。

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