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第一章 吾輩は眠多猫である
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真一は眠多猫先生の本を手に取り眺めた。
本の帯には『世界初の猫小説家現れる』と記されている。
この帯の言葉を見る度に、本当に猫が小説を書けるわけがないと読者は思っているだろうと考えてしまう。ある意味覆面作家だと言える。仮に表舞台に眠多猫先生が出ていったとしても、信じる者がどれくらいいるのか定かではない。おそらく、誰も信じないだろう。面白い設定考えたものだとマスコミ連中は挙って取り上げることだろう。
そんなことを考えても仕方がない。現実を受け止めなくてはいけない。
眠多猫先生の大賞受賞のデビュー作『猫は寝て待て』は、猫作家という変わった宣伝が功を奏したのか即重版で三十万部突破した。二作目の『猫にごはん』が発売中だがやはり重版された。ベストセラー作家の誕生だ。この勢いだと累計百万部も夢じゃない。活字離れを歯止めするきっかけになれば幸いだ。
只今、眠多猫先生は三作目の『能ある猫は爪隠す』を執筆中。
こつは本当に招き猫だ。真一はそう思っていた。喜ぶべき現実だ。
そうそう猫小説家としてテレビでも話題沸騰している。ところが、すべてのテレビ出演を断っている。週刊誌もテレビも覆面作家の眠多猫先生の真実は如何にという見出しをよく見かける。真実を知っているのは真一と編集長の三田だけだ。絶対にテレビ出演は考えられない。かなりのスクープ間違いなしだろう。もうそうなったらゆっくり執筆なんかしていられなくなる。この家にも記者が押し入ってくるに違いない。きっとこいつはこの家に近寄らなくなるに違いない。それだけは絶対に避けなくてはいけないことだ。
この家の場所は絶対に明かしてはいけない。今のところ誰にもこの眠多猫先生の所在を突き止められてはいない。
もしかしたら、自分が本当の執筆者じゃないかと思われているかもしれない。そう思われたらそれでもいいのかも。そう一瞬思ってしまうが、それは眠多猫先生に失礼だ。機嫌を損ねて逃げられたら最悪だ。何が最悪なのだと問われたら、なんだろう。
収入がなくなることか?
眠多猫先生がいなくなったら寂しくなることか?
どっちもかもしれない。この不思議な感じの生活環境は滅多に味わえないことだ。胸が弾む今のこの状況を失うことなんて考えたくはない。
真一は集中しているだろう眠多猫先生の顔を凝視して笑みを零した。
ほら見ろ、あのブサカワな顔。そこがまたいいのだ。少しダイエットが必要かもしれないけど。そんなことを口にしたら、文句の嵐が飛んできちまう。猫パンチの嵐もありえる。とにかく、太っているという関連ワードは禁句だ。
おや、ちょっと目がとろんとしてきたようだ。そろそろ限界かな。
くわぁ~と眠多猫先生が欠伸をして、キーボードのキーを叩く音が消えた。覗き込むと目を閉じてソファーの上で丸まっていた。執筆作業は三十分が限界だった。猫だからしかたがない。三十分も集中力が持続するほうが猫にとってすごいことだ。気まぐれだから、たった数分で逃げ出すこともある。今日は限界ギリギリまで集中力が切れなかったから褒めてあげなくてはいけない。今日の夕飯は猫缶決定だ。少しだけマグロの刺身をあげてもいいかもしれない。いや炙ったほうがいいだろうか。この家の稼ぎ頭だからこのくらいやってあげても贅沢だとは思わない。自分の給料より何倍も稼いでくれているのだから。ちょっと複雑な気持ちになることもあるが、事実なのだから嘆いてもしかたがない。
眠多猫先生の寝顔に頬を緩ませて「感謝しているぞ」と呟いた。その言葉に少しだけ耳をピクピク動かした。『感謝するのは当然だ』とでも思っているのかもしれない。それとも『こちらこそ、感謝しているぞ』ということもあるのかも。そうだったらいいのだが。
寝顔はどこにでもいる猫と変わりないのに、あんなすごい小説を書くのだから不思議なものだ。眠多猫様様だ。
こいつと出逢わなければ、こんな楽しい生活を送ることもなかっただろう。ありがとう、眠多猫先生。もし万が一、トラブルにでも巻き込まれたときはこいつを守ってやらなくては。真一は眠多猫の寝顔をみつめて誓った。
それにしても、可愛い寝顔だ。
ふと真一の頭に出逢ったときのことが思い出されていく。あれは、確か……。
本の帯には『世界初の猫小説家現れる』と記されている。
この帯の言葉を見る度に、本当に猫が小説を書けるわけがないと読者は思っているだろうと考えてしまう。ある意味覆面作家だと言える。仮に表舞台に眠多猫先生が出ていったとしても、信じる者がどれくらいいるのか定かではない。おそらく、誰も信じないだろう。面白い設定考えたものだとマスコミ連中は挙って取り上げることだろう。
そんなことを考えても仕方がない。現実を受け止めなくてはいけない。
眠多猫先生の大賞受賞のデビュー作『猫は寝て待て』は、猫作家という変わった宣伝が功を奏したのか即重版で三十万部突破した。二作目の『猫にごはん』が発売中だがやはり重版された。ベストセラー作家の誕生だ。この勢いだと累計百万部も夢じゃない。活字離れを歯止めするきっかけになれば幸いだ。
只今、眠多猫先生は三作目の『能ある猫は爪隠す』を執筆中。
こつは本当に招き猫だ。真一はそう思っていた。喜ぶべき現実だ。
そうそう猫小説家としてテレビでも話題沸騰している。ところが、すべてのテレビ出演を断っている。週刊誌もテレビも覆面作家の眠多猫先生の真実は如何にという見出しをよく見かける。真実を知っているのは真一と編集長の三田だけだ。絶対にテレビ出演は考えられない。かなりのスクープ間違いなしだろう。もうそうなったらゆっくり執筆なんかしていられなくなる。この家にも記者が押し入ってくるに違いない。きっとこいつはこの家に近寄らなくなるに違いない。それだけは絶対に避けなくてはいけないことだ。
この家の場所は絶対に明かしてはいけない。今のところ誰にもこの眠多猫先生の所在を突き止められてはいない。
もしかしたら、自分が本当の執筆者じゃないかと思われているかもしれない。そう思われたらそれでもいいのかも。そう一瞬思ってしまうが、それは眠多猫先生に失礼だ。機嫌を損ねて逃げられたら最悪だ。何が最悪なのだと問われたら、なんだろう。
収入がなくなることか?
眠多猫先生がいなくなったら寂しくなることか?
どっちもかもしれない。この不思議な感じの生活環境は滅多に味わえないことだ。胸が弾む今のこの状況を失うことなんて考えたくはない。
真一は集中しているだろう眠多猫先生の顔を凝視して笑みを零した。
ほら見ろ、あのブサカワな顔。そこがまたいいのだ。少しダイエットが必要かもしれないけど。そんなことを口にしたら、文句の嵐が飛んできちまう。猫パンチの嵐もありえる。とにかく、太っているという関連ワードは禁句だ。
おや、ちょっと目がとろんとしてきたようだ。そろそろ限界かな。
くわぁ~と眠多猫先生が欠伸をして、キーボードのキーを叩く音が消えた。覗き込むと目を閉じてソファーの上で丸まっていた。執筆作業は三十分が限界だった。猫だからしかたがない。三十分も集中力が持続するほうが猫にとってすごいことだ。気まぐれだから、たった数分で逃げ出すこともある。今日は限界ギリギリまで集中力が切れなかったから褒めてあげなくてはいけない。今日の夕飯は猫缶決定だ。少しだけマグロの刺身をあげてもいいかもしれない。いや炙ったほうがいいだろうか。この家の稼ぎ頭だからこのくらいやってあげても贅沢だとは思わない。自分の給料より何倍も稼いでくれているのだから。ちょっと複雑な気持ちになることもあるが、事実なのだから嘆いてもしかたがない。
眠多猫先生の寝顔に頬を緩ませて「感謝しているぞ」と呟いた。その言葉に少しだけ耳をピクピク動かした。『感謝するのは当然だ』とでも思っているのかもしれない。それとも『こちらこそ、感謝しているぞ』ということもあるのかも。そうだったらいいのだが。
寝顔はどこにでもいる猫と変わりないのに、あんなすごい小説を書くのだから不思議なものだ。眠多猫様様だ。
こいつと出逢わなければ、こんな楽しい生活を送ることもなかっただろう。ありがとう、眠多猫先生。もし万が一、トラブルにでも巻き込まれたときはこいつを守ってやらなくては。真一は眠多猫の寝顔をみつめて誓った。
それにしても、可愛い寝顔だ。
ふと真一の頭に出逢ったときのことが思い出されていく。あれは、確か……。
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