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第一章 吾輩は眠多猫である
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しおりを挟む次の日の朝。
「母さん、今日帰るからね」
「えっ、そうなの?」
「昨日もそう言ったじゃないか」
「そうだっけ」
いつものことだけど、母は話をきちんと聞いていない。いや、わざと聞いていないフリしているのかも。そう感じるときがある。
そんな話をしていたら、眠多猫が足元に擦り寄ってきた。猫なで声をあげて。
「どうした? おまえともお別れだな。元気でいろよ」
その言葉が引き金になったのか突然眠多猫が左足の親指に噛み付いてきた。
「いでぇーーーーー。こら、やめろ」
その声に母が飛んで来た。
「何、虐めたの?」
「違うよ。急に噛み付いてきてさ」
「だから、虐めたんでしょ」
ダメだ、人の話を聞いちゃいない。
「お別れだって言っただけだよ」
「ほら、虐めたんじゃない」
なんでそうなる。真一は嘆息を漏らして眠多猫を見遣る。
鋭い眼つきが心をざわつかせる。気のせいかもしれないが睨んでいるというよりも寂しいと思っているように思えた。
その目やめてくれ、帰りたくなくなっちまうじゃないか。別れが辛いってこんな気持ちのことを言うのだろうな。
「真一、あんたのマンションってペット可のマンションだったわよね」
「えっ、そうだけど。まさか……」
母がニヤリと笑んだ。眠多猫を連れて行けってことか。でも、母はそれでいいのか。物凄く可愛がっているのに。
「この子があんたと行きたいって言っているのよ。『見捨てないで』って噛み付いたのよ」
「まさか、母さんこいつの言葉がわかるのか?」
「わからないわよ。でも、そう思ったの」
「にゃ、にゃ」
「ほら、そうだって。なんてね。実は……」
母は、不思議な夢を見たことを話してくれた。眠多猫が夢に出てきて、こう話し始めたらしい。
『吾輩は猫である。わかりきっていることだった、言うまでもなかったな。実は、母様には申し訳ないのだが、吾輩はあの真一とともに一緒に行きたいのだ。すまないが了承してはくれまいか』
そうはっきりと話したらしい。もちろん夢だ。けど、あまりにもはっきりとした夢で本当に眠多猫がそう思っているのではないかって思ったらしい。猫が言葉を話すなんてことは実際にはありえないことだ。夢だとしたら、なんでもありだけど。それにしても『吾輩』だなんて眠多猫は文豪のあの物語のファンなのか。まさか、そんなことはないと思うけど。
「だからね、きっと真一と一緒にいたいのよ。連れて行ってあげて」
そうなのか? 本当に?
眠多猫の目を見つめているとそうかもしれないと思えてきた。可愛い奴だと思わず笑んでしまった。すると、突然眠多猫が立ち上がり足に両手でしがみついてきた。
「い、いてぇ。おい、やめろって」
眠多猫の爪が脛に喰い込んで顔を歪めながら、なんとかしがみついてきた手を剥しにかかる。強引に引き剥がそうとすると眠多猫が余計にギュッと掴んで爪が喰い込んでしまう。
「お願いだから爪立てないでくれ。わかったから。連れて行くから」
その言葉を待っていましたとばかりに眠多猫は掴んだ手を放して「にゃ」と鳴いた。
「まぁいいか。俺も猫好きだからな。犬と違って散歩しなくても平気だし。こいつは頭が良さそうだから留守番も問題ないだろう」
「そうね、きっと」
そんなこんなで、真一は眠多猫を連れて自宅のマンションへと帰ることになった。
そのときはまだ、こいつに凄い才能が隠されていることに気づいていなかった。才能を見出したのはその後自宅マンションに帰ってからのことだ。
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