小説家眠多猫先生

景綱

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第四章 ネムと真一、そして神再び

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 最初に口を開いたのはスサだった。

「ネム、すまなかった」

 ネムはスサから謝罪の言葉を貰うとは思っていなかったのだろう。目を丸くしてポカンと口を開けていた。

「ネム、こいつは悪くない。いや、そうとは言えないのかもしれない。けど、俺は思う。スサもまた被害者だ」

 真一の言葉にスサは首を左右に振り、「長を、アザ長老を殺めてしまったのは事実だ。この手を血で染めてしまったことは消し去ることは出来ない。己自身を見失っていたとしても、裁かれなくてはいけない。ネムには何を言っても許してもらえないだろうが。すまなかった」と伏せをして頭を地面につけていた。
 ネムはスサをじっとみつめていたかと思うと、こっちに視線を向けてきた。

「ネム、スサは鼠の怨霊に操られていたんだ」
「ね、ねずみ?」

 真一は無言で頷く。

「すまない、頭の整理が追いつかない。もうちょっと詳しく説明してくれないか」

 ネムの言葉はもっともだ。だが、詳しくと言っても見たことを説明することしか出来ない。鼠の怨霊がどうしてスサに取り憑いたのか定かではない。スサの話によると昔、鼠たちを皆殺しにしたという歴史があるとか。果たしてそれが真実なのかも不明だ。ネムも首を捻っていた。
 鼠たちの逆恨みという可能性もある。けど、ネムもスサも鼠たちが怨みを持つような惨殺の記憶はないらしい。いったいいつ頃の話なのだろうか。
 ネムは昔のことが、どうにもはっきりしないと話していた。

 神様なら知っているのだろうか。まあ、もう出て来てくれないだろうけど。真一は社をチラッと見てすぐにネムとスサに向き直る。

 ネムは、眉間に皺を寄せて深く考え込んでいる様子だ。スサには時々鋭い視線を送り、低い唸り声をあげていた。そう簡単にはスサを許せないだろう。当たり前だ、操られていたとは言え父親を殺めた者とすぐにもとの仲間だと受け入れられないだろう。
 項垂れるスサ。いろんな思いに揺れ動いているであろうネム。真一は黙ってそんな様子をみていることしか出来なかった。

「やはり、許せない」

 ネムの一言が胸に沁みる。そうだろう、やっぱり。だがネムの言葉には続きがあった。

「許せないが、スサ、おまえは仲間だ。猫の街にはスサが必要だ。おそらくまだこの問題は解決していない。そうは思わないか、スサ」
 スサは顔をあげて「そうかもしれない」とだけ呟いた。
「ふむふむ、その通り。かなり根深い物がありそうだぞ。慎重にことを進めなくては最悪な事態になるだろう」
「うわっ⁉」

 真一は突如背後からの言葉に突拍子もない声を出してしまった。ネムもスサも後ろに飛び上がるように驚いていた。

「出た、あやかし」

 ネムの言葉にゆっくり背後へと目を向ける。そこにいたのは猿田彦大神だった。もう出て来ないと思っていたのに。

「あやかしではないわ。おまえは、この私を知らぬと申すか。天罰を……。いや、そうではない。本来なら見て見ぬふりをするべきところだったのだが、どうやら事情が変わったようだからな」
「どういうことでしょうか、猿田彦様」
「うむ、真一とやらは改心しておるようだ。いい心掛けだ」
「おい、真一。今、猿田彦様と。こ、この方がそうなのか」

 真一は頷き笑みを浮かべた。ネムの顔が青くなったように感じた。実際には猫の顔が青くなることはない。スサは何も言わずに、恭しく伏せをしていた。

「ふん、まあよい。おまえがアザの後継者だな。なるほど、やはりアザの言葉は間違いないようだな」
「どういうことですか?」

 真一は、前のめりになって問うた。猿田彦大神は真一にチラッと目を向けただけですぐにネムに鋭い視線を送った。

「確か、ネムだったか。おまえの本来の力が眠る地にヤドナシは辿り着いたようだぞ。そこへおまえも向かえ。そして、真の力を取り戻せ。おまえの力のほとんどは向こう側にある。敵に立ち向かうにはその力がないと死の道を辿ることになるぞ。気づかれないうちに早く行け。それだけだ。道はすでに開いてある。急げ」

 それだけ言い放つとフッと消え去ってしまった。その代わりやかましい奴がやってきた。

「あーーー、いた、いた。お待たせしました、ミコ参上」
「呼んでないぞ。なぜ、猫の街を離れた」
「え、え、えっ。そんなぁ、私はネム兄ちゃんが呼んでいるってダイが言うから、飛んでやって来たのにぃ」
「何、ダイがそう言ったのか」
「そうだよ。私、ネム兄ちゃんに頼られているって嬉しかったのに」

 真一は苦笑いを浮かべた。ミコは相変わらずだ。どうにもペースを崩される存在だ。だからと言って、憎めない奴だけどな。って、今はそんな悠長に構えている時じゃないだろう。

「ネム、それより真の力はどうするんだ」
「ああ、それはわかっている。が、ダイが何か企んでいるような気がして」
「ネム、それなら、俺様が行ってやる。ミコも来い」
「え、え、えぇーーー。私はネム兄ちゃんと一緒がいいなぁ」

 ミコはネムに拝むように手を合わせていた。果たしてどうするつもりだろう。ダイってネムの弟だったっけ。企むってどういうことだろうか。

「スサ、猫の街にはおまえひとりで行ってくれ。そのほうが、思う存分やれるってもんだ」
「何、ダイと闘えということか?」
「いや、闘うな。けど、ダイを猫の街から引き離してくれ。ダイに襲い掛かる振りをすればいい。時間稼ぎだ。何者かが影で操っている気がする。猿田彦様の言葉はそういうことだろう」

 スサは頷き、虎の姿に変化すると踵を返して猛然と駆けて行った。

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