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5号室 思考停止まで秒読み開始(後半)
しおりを挟むえ、嘘だろう。俺は目を疑った。
あるはずのない隣がそこに出現した。
しかも、俺がいた。
これは、どういうことだ。
幻覚か?
俺は扉をゆっくり閉じて部屋に戻り黙考した。
答えなど出てくるわけがない。
疲れているだけだ。今見たものは幻だ。
けど、気になる。
また、外を見れば同じ光景があるのだろうか。
おかしな点がもうひとつある。今は確かに夜だ。窓の外は暗闇が広がっている。けど、今見た光景は昼間だった。
あるはずのない隣では明るい日差しが照り付けていた。
そこに俺が。
ん? 引っ越ししていた?
引っ越し業者もいた気がする。俺も荷物を持って手伝っていたような。
もう一度、扉を開けて覗き込む。
眩しい。どう考えてもありえない光景がまたしても目に映る。
ここは、確かめなくては。
正直、怖い。もうひとりの俺。
これはドッペルゲンガーか。そうなのか。そうだとしたら、俺は死ぬのか。
ちょっと待て、考えが飛躍し過ぎだ。
これは夢だ。俺はすでにベッドで寝ている。そうだ、そうだきっと。
いや、違う。
頬を抓ってみたが痛かった。
どうにでもなれとばかりに、隣に近づいて行った。
光に誘われる虫の如く、俺はあるはずのない隣のもうひとつの俺の部屋のほうに近づいて行った。
だが、見えない壁にぶちあたり阻まれてしまった。
パントマイムさながら、両手を透明な壁に押し当て移動する。
やはり先には進めない。
そのとき、猫の鳴き声がした。どこからだろうと見回してみると、奥のブロック塀の上で黄金色の瞳を光らせた黒猫がじっとこっちを見つめていた。
何かを知らせようとしている感じがした。
すると怪しげな目つきの男がもうひとりの俺の背後に近づいて来ていた。
いつの間に!?
手には光るものが。ナイフだ!!
「おい、後ろ、後ろだ」
叫んだところで、もうひとりの俺には声は届いていない。
殺される。俺は、殺される。ダメだ、逃げろ。早く、早くしろ。
もうひとりの俺の断末魔の叫び声が鼓膜を震わせた。
俺は耳を塞ぎ、叫ぶ。一瞬だが、痛みが背中を貫いた気がした。
「うわぁーーーーーーーーーー」
俺は、ベッドで目を覚ました。
あれ、夢だったのか。
あたりを見回したが、変わった様子はない。もちろん、背中から血が流れていることはない。
ホッと胸を撫で下ろす。
「ああ、よかった。もう、おばさんを驚かせないでよね」
え? どうしておばさんがいる?
今の状況が呑み込めない。何がどうしたというのだろう。
「あのね、あんた玄関外で倒れていたのよ。もうびっくりよ。小腹空いちゃってコンビニでも行こうって思ったら、倒れているんだもの」
「俺が?」
「そうよ、死んでいるんじゃないかと思ったわよ。こないだも血だらけで倒れていたのを見たばかりだもの。まあ、あれは幻だか寝ぼけていたんだかだったんだろうけど」
血だらけって……。
もしかして、おばさんはさっき見た光景を見たのではないだろうか。
いやいや、ありえない。
ありえる、のか?
俺は外で倒れていた。なら、夢じゃなかったということか。
「おばさん、外で何か変なことなかった?」
「え? 別にないと思うけど。あんたが倒れていただけよ」
そうなのか。
さっきのもうひとりの俺は引っ越しをしていた。
もしや、正夢。
いや夢とは違う。未来が見えた? 予知なんてことがありえるのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。そんなことが、あるか。けど、気になる。
もしかしたら、俺は本当に死ぬのかもしれない。あれはドッペルベンガーのようなものかもしれない。
引っ越しをする日は決まっている。そのとき、注意したほうがいいかもしれない。
「本当に大丈夫? 顔色悪いけど」
ごくりと唾を呑み込み、おばさんに大丈夫だからと話して帰ってもらった。
引っ越しの日。
とくに問題なく順調に作業が進められた。
引っ越し先は、杜の都と言われる仙台だ。
仙台に着いてからも、順調だった。危惧していたことは何も起きないようだ。
明日から新たな職場で頑張らなくては、そう考えつつ新たなアパートに最後の荷物を部屋に入れようとしたときだった。
背後から猫の鳴き声が。
背筋がゾクゾクとした。背中に熱いものが……。
俺は……転勤した。
天国支社へ。
完全に俺の思考は停止した。
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