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6号室 月影の扉(前半)
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おや、今頃誰だろう。時計の針は、午後九時を少し回っている。蜂谷優也は、面倒だと思いながらも玄関へと向かった。扉を開けると、そこには色白で黒髪の長い可愛らしい女性が立っていた。
「夜分遅くにすみません。隣に引っ越してきた三浦早苗といいます。これお口に合うかどうかわかりませんがどうぞ」
菓子折りを差し出して微笑みかけてくる。
優也は名前を聞いて震えがきた。
この女性は今、『みうらさなえ』だと名乗らなかったか。そんなことってあるのか?
「あの、どうかされましたか?」
早苗は怪訝そうな顔で菓子折りを差し出したまま固まっている。
「あ、いえなんでもありません。隣に引っ越しされたんですね。どうもご丁寧に」
優也は、自分で何を言っているのかわからないくらい頭が回らなくなった。心臓の鼓動も早い。自分の好みの女性が突然現れたら、パニック起こすってもんだ。そういうことにしておきたい。けど、そういうわけにはいかない。
パニックを起こした本当の原因は違う。わかっているが、どうにもならない。おそらく、今の自分の顔は少しばかり引き攣った笑顔になっていることだろう。
*****
遡ること数時間前。
パソコンとにらめっこ状態で文章を書き連ねていた。
『満月が空に浮かぶ夜に、その扉は開かれる。
扉の先には、異世界に繋がっているという話があった。あくまでも噂だ。
そんなことありえない』
優也は、パソコン画面をみつめながら大きく息を吐く。こんな書き出しで、どうだろうか。
趣味で書き始めた小説。果たして、面白いものが書けるだろうか。まあ、楽しんで書くことにしよう。
異世界とは? 平行世界とは?
果たして本当にあるのだろうか、そんな世界が。パラレルワールドなんて話は聞くけど、そこにはもうひとりの自分がいるはずだ。もし、逢うことがあったとしたら何を話すだろうか。考えを巡らすうちにいろんな思いが頭の中を駆け巡る。
もうひとりの自分は結婚していたりするのだろうか。もしそうなら、結婚相手はどんな女性だろうか。そんなことを書いてみようじゃないか。いや、ファンタジーのほうがいいだろうか。このままだとSFになりそうだが。いやいや、おそらくホラー要素が出て来てしまうだろう。そんな気がする。とにかく楽しんで書き上げようじゃないか。
優也は、よしと気合を入れて再びパソコンに目を戻す。パソコンのキーボードに指を滑らせて文字を打ち込んでいく。ブラインドタッチで滑らかに文字が打たれていく。良い感じだ。
物語が少しずつだがこの世にお披露目されていく。そう思うと昂揚感で満たされていく。と言っても、読者は今のところ自分しかいないけど。いつかきっと、たくさんの読者ができると信じて書き続けようじゃないか。
だいぶ進んだと思ったところで一息つき、読み返してみる。まだ途中だが、我ながら面白いものが書けている気がした。自己満足かもしれないがいい物語だ。
*****
『そういえば、今日は満月だ。
異世界への扉が開いているかもしれない。ありえないとは思っていても、気になってしまう。噂が真実だとしたら……。
俺は、部屋を飛び出して空を仰ぐ。黄色く輝くまんまるの月。
アパートのすぐ横に小さな神社がひとつある。そこに樹齢何百年かの大樹が存在する。その向こう側に月が顔を出していた。月のパワーを身体全身で浴びて、自分に蓄えられている気がした。けど、大樹に阻まれた場所には漆黒の闇のような影がある。少し寒気する。
光あれば影もある。なんとなくあの影が生きているような。いやいや錯覚だ。大樹の影はアパートに伸びて隣の部屋の玄関扉を暗くしている。そこから、一人の女性が現れた。
思わず声を上げそうになるのを呑み込む。一瞬、影から飛び出してきたかのように映ったせいだ。そんなわけないのに。彼女は三浦早苗だ。まだ引っ越してきたばかりで先日、引っ越しの挨拶に来た。名前はそのときに知った。どことなく翳(かげ)がある女性だ。そこがまた魅力的でもある。透き通るくらいの白い肌。まるで月の精霊のようなその姿。そんなことを思うのは満月の影響なのかもしれない。
会釈をして、再び月を眺めた。すると、早苗が声をかけてきた』
*****
こんな物語を書いていた矢先に、現実に三浦早苗が現れた。こんな偶然ってあるんだろうか。そういえば、満月は三日後だ。まさかと思うが、今書いている物語通りのことがこの先起きるなんてことがあるのだろうか。さっき、彼女が名前を口にしたときは心臓が飛び出るんじゃないかと思った。見た目も、物語の女性そのものに見えてきてしまった。驚かないほうがおかしいだろう。
この壁の向こう側に彼女がいる。どうしたものか。試しに、物語で彼女と付き合うような設定にしてみようか。まさかと思うが現実にそうなるかもしれない。まったくもって阿呆な考えだ。だがしかし、書かないという選択肢は自分の心の内にはなかった。
優也は、続きを書いた。
もちろん、三浦早苗と付き合いスピード結婚をするというものを。ハッピーエンドのラブストーリーになってしまった。そんな物語を書くつもりはなかったというのに。
ホラーファンタジーのようなものを書こうと思っていたはずだった。あれ、そうだったっけ。SFじゃなかったか。いや、そうじゃない。まあ、ラブストーリーだっていいじゃないか。これはこれでいい感じだ。よくあることだ。プロットと違う展開になってしまうことは自分には多々あることだ。それがいいのか、悪いのかはわからないが面白いと思えるものが書ければそれでいい。
三日後が楽しみになってきた。新たな人生のスタート地点のような気がしていた。
*****
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