ちょっと奇妙な小部屋 ホラー短編集

景綱

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6号室 月影の扉(後半)

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 その後、物語とほぼ同じストーリーが現実に起こった。今、隣には早苗がいる。三浦早苗ではなく、蜂谷早苗となって。だが、物語はそこで終わらなかった。現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。

 突然、早苗にある事実を告げられた。
「私は、月から来た使者です」と。

 またまた冗談を。そう笑ったら真顔で続きを話し出した。

「冗談ではありません。あなたは、私と共に月へ向かうのです。そして、月に潜む魔物を倒さなければいけない使命があるのです。ほら、その腕の傷。それが証です」

 そんなことを話されても信じられない。傷だって、証になんてならない。確かに月のような傷に見えなくもないが。たまたまだ、きっと。早苗はどうしてしまったのだろう。気が変になってしまったのだろうか。物語通りの展開になっていたはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 あの物語は、結婚してハッピーエンドでおしまいにしたはずだ。優也は慌てて、パソコンを立ち上げて『月影の扉』というタイトルにした物語のファイルを開いた。読んでいくうちに、血の気が引いていき寒気を感じた。
 う、嘘だ。おかしいだろう、これ。こんな結末を書いた覚えはない。誰かが書き換えたのか。けど誰が。
 まさか、早苗が。それしか考えられなかった。

 今現実に起きているとおりの物語が展開されていた。
『~異世界からの勇者~』なるサブタイトルまでついていた。物語はまだまだ先があるようだった。

 自分が勇者になるというのか。何々、月龍なる魔物と闘わなくてはいけないのか。よせ、そんなこと無理だ。武道もやったことないし、体力にも自信がない。そんな自分が魔物とまともに闘えるわけがない。死ねと言っているようなものだ。もしや、『死』で物語を終えるなんてことになるのでは。かぶりを振って優也は、読むのと止めた。

 この物語を書き直さなくてはいけない。そうだ、書き直すなんて面倒なことするよりも、すべてを削除してしまえばいい。きっと、うまくいく。
 早苗とも出逢わなかったことになるだろう。隣には誰も引っ越して来なかった。満月の日には何も起きない。消してしまえば、この物語は最初からなかったことになる。
 それでいい。

 優也は、パソコンに保存してあった『月影の扉』のデータファイルをパソコン上のゴミ箱に捨てた。念のため、ゴミ箱の中身も消去しておこう。復元できないようにしておくべきだ。
 優也は、すべての作業を終えて辺りを見回した。現実に変化はあっただろうか。早苗はいなくなっただろうか。
 優也は振り返り絶句する。背後には、闇が広がっていた。おい、どうなっている。

 ここはどこだ。

 右も左も上も下も、そして後ろもすべて闇だった。
 もしかして選択を誤ったのか。削除するべきではなかったのか。
 物語の消去。それは、すべてを消すことを意味する。まさか現実も消去してしまったというのか。とんでもないミスを犯してしまった。

 優也の人生は、今日このときに終焉を迎えた。自分の身体が消えていく。すべてが消えていく。無、無、無……すべてが無に帰すのか。
 消える、もうまもなくすべてが消える。足が消え、手が消え、胴体も消えていく。

「ゆ・う・や……ゆうや、優也」

 あれ、誰かの声がする。消えたはずなのに、まだ優也と呼ぶ者がいるのか。登場人物は全員消えたはずだ。知る者がいるはずがない。

「あなたは優也よ。私の可愛い子、優也よ」

 えっ、どういうことだ?
 優也は、瞼をゆっくり開けた。ま、眩しい。光は感じたが、景色はぼんやりと霞がかかってはっきりしない。

「元気な男の子ですね。よかったですね」

 そんな声が耳に届く。微かに消毒液のような匂いもする。なんとなく、雰囲気で理解した。病院かもしれない。生まれ変わったとでもいうのか。同じ名前で。そんなことってあるのだろうか。

 人生のリセットが行われたのかもしれない。ここは良いように考えようじゃないか。人生のやり直しだ。これもまた面白いことだろう。そのとき、「本当におめでとう、三浦早苗さん」という声がした。

 今、なんて……。聞き間違いだろう。おい、そんなことって。

『俺は、俺は、どうなるんだ。物語は続いているのか。そうなのか』

 そう思った瞬間に、意識が遠のいていった。
「記憶のリセット完了です」との言葉とともに。

*****

『この物語は私のもの。コピーしておいてよかった。ちょっと改変はしたけどね』
 早苗は月を眺めて微笑んだ。

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