8 / 50
6号室 月影の扉(後半)
しおりを挟むその後、物語とほぼ同じストーリーが現実に起こった。今、隣には早苗がいる。三浦早苗ではなく、蜂谷早苗となって。だが、物語はそこで終わらなかった。現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
突然、早苗にある事実を告げられた。
「私は、月から来た使者です」と。
またまた冗談を。そう笑ったら真顔で続きを話し出した。
「冗談ではありません。あなたは、私と共に月へ向かうのです。そして、月に潜む魔物を倒さなければいけない使命があるのです。ほら、その腕の傷。それが証です」
そんなことを話されても信じられない。傷だって、証になんてならない。確かに月のような傷に見えなくもないが。たまたまだ、きっと。早苗はどうしてしまったのだろう。気が変になってしまったのだろうか。物語通りの展開になっていたはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
あの物語は、結婚してハッピーエンドでおしまいにしたはずだ。優也は慌てて、パソコンを立ち上げて『月影の扉』というタイトルにした物語のファイルを開いた。読んでいくうちに、血の気が引いていき寒気を感じた。
う、嘘だ。おかしいだろう、これ。こんな結末を書いた覚えはない。誰かが書き換えたのか。けど誰が。
まさか、早苗が。それしか考えられなかった。
今現実に起きているとおりの物語が展開されていた。
『~異世界からの勇者~』なるサブタイトルまでついていた。物語はまだまだ先があるようだった。
自分が勇者になるというのか。何々、月龍なる魔物と闘わなくてはいけないのか。よせ、そんなこと無理だ。武道もやったことないし、体力にも自信がない。そんな自分が魔物とまともに闘えるわけがない。死ねと言っているようなものだ。もしや、『死』で物語を終えるなんてことになるのでは。かぶりを振って優也は、読むのと止めた。
この物語を書き直さなくてはいけない。そうだ、書き直すなんて面倒なことするよりも、すべてを削除してしまえばいい。きっと、うまくいく。
早苗とも出逢わなかったことになるだろう。隣には誰も引っ越して来なかった。満月の日には何も起きない。消してしまえば、この物語は最初からなかったことになる。
それでいい。
優也は、パソコンに保存してあった『月影の扉』のデータファイルをパソコン上のゴミ箱に捨てた。念のため、ゴミ箱の中身も消去しておこう。復元できないようにしておくべきだ。
優也は、すべての作業を終えて辺りを見回した。現実に変化はあっただろうか。早苗はいなくなっただろうか。
優也は振り返り絶句する。背後には、闇が広がっていた。おい、どうなっている。
ここはどこだ。
右も左も上も下も、そして後ろもすべて闇だった。
もしかして選択を誤ったのか。削除するべきではなかったのか。
物語の消去。それは、すべてを消すことを意味する。まさか現実も消去してしまったというのか。とんでもないミスを犯してしまった。
優也の人生は、今日このときに終焉を迎えた。自分の身体が消えていく。すべてが消えていく。無、無、無……すべてが無に帰すのか。
消える、もうまもなくすべてが消える。足が消え、手が消え、胴体も消えていく。
「ゆ・う・や……ゆうや、優也」
あれ、誰かの声がする。消えたはずなのに、まだ優也と呼ぶ者がいるのか。登場人物は全員消えたはずだ。知る者がいるはずがない。
「あなたは優也よ。私の可愛い子、優也よ」
えっ、どういうことだ?
優也は、瞼をゆっくり開けた。ま、眩しい。光は感じたが、景色はぼんやりと霞がかかってはっきりしない。
「元気な男の子ですね。よかったですね」
そんな声が耳に届く。微かに消毒液のような匂いもする。なんとなく、雰囲気で理解した。病院かもしれない。生まれ変わったとでもいうのか。同じ名前で。そんなことってあるのだろうか。
人生のリセットが行われたのかもしれない。ここは良いように考えようじゃないか。人生のやり直しだ。これもまた面白いことだろう。そのとき、「本当におめでとう、三浦早苗さん」という声がした。
今、なんて……。聞き間違いだろう。おい、そんなことって。
『俺は、俺は、どうなるんだ。物語は続いているのか。そうなのか』
そう思った瞬間に、意識が遠のいていった。
「記憶のリセット完了です」との言葉とともに。
*****
『この物語は私のもの。コピーしておいてよかった。ちょっと改変はしたけどね』
早苗は月を眺めて微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる