ちょっと奇妙な小部屋 ホラー短編集

景綱

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9号室 不可思議なる日常(後半)

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「ねぇ、麻耶。優子あがって来ないよ。どうする?」
「知らないわよ。自分で池に潜っていったんでしょ。私は帰るから」
「でも、死んじゃったらどうするのよ」
「だから、私は知らない。そんなに気になるなら、美樹が助けに行ったら」

 美樹は池に目を向けて頭をゆっくり左右に振って「無理よ」と呟いた。

「早織はどうする?」
「えっ、私は……」

 早織は顔面蒼白状態で狼狽えていた。

「しかたがないじゃない。事故よ、事故。さっさと帰ろう。誰かに見られたら最悪よ。そうでしょ」

 麻耶は池に背を向けて歩き出した。すぐに後ろから足音が追いかけてきた。
 そうよ、美樹も早織もそれでいいの。優子のことなんて知らない。何も見なかった。それで終わり。最初からここにはいなかった。そういうことにしてしまおうかしら。
 麻耶はふたりに声をかけようと振り返ると、いるはずのふたりがいなかった。

 嘘、嘘でしょ。
 確かに足音がした。
 ふたりはどこにいったの。背筋がゾクゾクッとした。
 どうなっているの。なぜだか、急に霧が立ち込め始めている。
 何よ、これ。

「美樹、早織。どこなの。早く帰ろうよ」
 すると、また背後でぱたぱたと足音がした。
 振り返ると、やっぱり誰もいない。冗談じゃない。
「美樹、早織。いい加減にしなよ。私を脅かすなんて承知しないんだからね」
 そう言いつつも、ふたりが悪戯をするなんて思えなかった。なにかが変だ。人の気配がしない。この霧も不自然だ。もう目の前が霧でなにも見えない。

 どっちへ向かえばいいのかさっぱりわからない。
 気が変になりそう。
 耳を塞いでも四方八方から足音が響き渡る。

「誰かいないの。ねぇ、返事をして」

 その言葉に反応しているのか足音が大きさを増していく。

 やめて、やめて、やめて。

 麻耶はごくりと生唾を呑み込んで、様子を窺う。足音だけがいつまでも耳鳴りのように鳴り響いている。もうダメ。ここにいられない。

 麻耶は駆け出した。きっと帰り道はこっちだと判断をつけて全速力で駆け抜けた。
 霧が立ち込め視界不良の中、突き進み麻耶は行くべき方向が誤っていたことに気づく。

 突然、足が水の中へ沈む。
 しまった、こっちは池だ。
 そう思ったときには手遅れだった。
 何者かに足を掴まれて池の底へと引き込まれていく。

 やめて、やめて、やめて。
 ごめんなさい。優子、ごめんなさい。
 死にたくない。もう虐めたりしないから、ごめんなさい。まるで水が意志を持っているかのように口の中へとどんどん侵入してくる。
 苦しい。やめて、誰か、誰か助けて。

 えっ、何よあれ。嘘でしょ。

 目を見開いたまま動きを止めた美樹と早織の顔が目の前を通り過ぎていく。まるで死人のようだった。麻耶は心臓が凍り付くような心地でその姿を見送った。
 嫌だ、死にたくない。ごめんなさい。許して。
 謝っているんだから、いいでしょ。お願いだから。

「ダメだな。おまえらの過ちは死んで償うしかない」

 頭上から降りかかる突然の声に驚き、ごぼごぼごぼと口から泡が吐き出される。く、苦しい。もうダメ。
 意識が遠のいていく中、白い大蛇が池の底へと消えていく姿が映った。

***

 その日の夕方、女子高生四人が病院へと搬送された。
 意識不明の重体だ。
 そんな中、優子は奇跡的に目を覚ました。
 父、母、祖母の顔がそこにはあった。涙を流して手をしっかり握りしめてくるみんなの笑顔がそこにあった。

「私、助かったの」
「そうよ、助かったの」

 そうか、助けてくれたのか。祖父の笑みが脳裏に蘇る。
 優子は夢で見たことを話した。

「お祖父ちゃんがね。おまえは帰れって。まだ、ここに来るべきじゃないって。早過ぎるって背中を押して光のほうへ走れって言ってくれたの」
「そうかい、そうかい。お祖父さんが助けてくれたんだね。よかったよ」

 祖母が涙を流しながら、頷いている。

「それにね。不思議なことに祖父ちゃんと一緒に狐と白蛇がいたの。そして言うの。おまえの憂いは取り除いてやったぞって。どういうことだろうね」
「うんうん、そうかい、そうかい。それはきっとあの池の主様だね。狐はお稲荷さんの狐だろうかね。それともぱたぱたかねぇ」

 妖怪なんて本当にいるのだろうか。もし自分が見たものが夢ではなかったら。いやいや、そんなことはない。そう思いつつも、ないとは言い切れないかもという思いもどこかで感じていた。

 そんな思いを物語っているかのように不思議なことは続いた。
 麻耶、美樹、早織も目を覚ましたという奇跡だ。
 昏睡状態で意識が戻ることは難しいだろうと医師は話していたらしい。けど、目を覚ました。そのことを耳にして優子は気が重くなってしまった。妖怪たちはなぜ彼女たちを生かしたのだろう。憂いは取り除いてくれたはずなのに。

 妖怪なんて幻だったのかもしれない。あれは単なる夢だったのかもしれない。自分が作り上げた都合のいい夢。
 優子は項垂れて嘆息をついた。
 また虐められるのかもしれないじゃない。どうすればいいの。けど、不思議は続いた。憂いは確かに取り除かれていた。優子の考えは間違っていた。

 麻耶、美樹、早織の三人の記憶の中に優子を虐めていた事実は存在しなかった。その代わり親友だという記憶がなぜか刷り込まれていた。
 そんなことってあるのだろうか。
 やはり妖怪の仕業⁉
 まさかね。
 でも、本当に妖怪がいるのなら感謝しなきゃいけない。みんなを生かすことを選択した妖怪って優しい存在なのかもしれない。妖怪が怖いっていうのは物語の世界のことだけなのかもしれない。本当のことはわからないけど。

 ふと優子は思った。悪い者にも更生するチャンスは与えられるものなのかもしれない。どっちにしろいい方向に転換してくれたことには喜ばなくちゃ。

 優子は、姥ヶ池に来ていた。お礼の言葉とお供えを持って。妖怪がいるだなんて、今でも信じられない。半信半疑だ。けど、不思議な力ってあるのかもしれない。奇跡ってあるのかもしれない。
 きっと人は何者かの存在に生かされているのだろう。そのことは忘れないでおこう。
 そのとき、背後でぱたぱたぱたぱたと足音が響き渡った。
 もちろん、振り返っても誰もいなかった。

「ありがとう。助けてくれて」

 見えない誰かさんに優子は頭を下げた。

「優子、こんなところで何をしているの。ショッピングモールに買い物行く約束でしょ」
「あ、ごめん。そうだった。麻耶、じゃ行こうか」
「美樹も早織も待っているから、走るよ」

 なんだか嘘みたい。こんなにも仲良しになれるなんて。
 クスッと笑んで麻耶の後を追う。

「なに笑ってんの。なんかいいことでもあった」
「まあね」
 
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