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11号室 夜雀が死を招く(前半)
しおりを挟むふと誰かの視線を感じて道路脇に植えられた木に目を向けた。風もないのに葉擦れの音がする。なんとも不気味じゃないか。恭弥は葉の茂る枝を見遣り、鼓動が早まるのを感じた。誰かいるのかと無性に気になり怪しげな木から目を離せなかった。妙な好奇心に誘われてゆっくりと近づいていく。
今、何かが動かなかっただろうか。
目を凝らしてみつめるとやはり蠢くものがあった。いったいなんだろうと数歩近づいて顔を顰めた。人ではなさそうだけど。ごくりと喉を鳴らして唾を呑み込むと、もう一歩踏み出す。その矢先、一斉に羽ばたく音が耳を衝き眼前を黒い影が埋め尽くしていった。
やめろ、やめろ。
いくら払い除けようとしてもその影が取り除かれることはない。
いったい何が起きた。
こいつらはなんだ。
バサバサバサとの羽音を響かせて頭上から足元から背中側から前からと迫ってくる。鳥だ、鳥の大群だ。
ダメだ、埒が明かない。
現状から抜け出したい一心で恭弥は、視界を阻まれたまま喚き散らしながら駆け出した。
その瞬間、鳥たちが消え去り一気に視界が開けた。
うっ、眩しい。手を翳して立ち尽くす恭弥の耳にクラクションが鳴り響く。
ここは車道だ。気づくのが遅すぎた。二つの光が近づいてくる。嫌な鈍い音を耳で捉えたとたん激痛とともに身体がふわりと空を舞う。
なぜだろう。やけにスローモーションに感じる。これって、もしかして交通事故ってやつか。だとしたら、死ぬのか。なんだか痛みがどこかへ飛んでいってしまったようだ。痛すぎて感覚が麻痺してしまったのかもしれない。それにしても、なぜこんなにも冷静なのだろう。
ああ、星空が綺麗だ。
わけもなくそんな思いに囚われて、目を閉じた。瞼の裏に絵美里の顔がふと浮かぶ。彼女の笑顔、楽し気に弾んだ声、不貞腐れた顔まで浮かんできた。
死に逝くんだ、きっと。なんで、どうして、こんなことになってしまったのだろう。
ふと耳元にさっきの羽音が蘇る。
再び瞼を開けて見た先には、雀の大群が犇めいていた。街灯に照らされて今ははっきりと確認出来る。
さっきの鳥は雀だったのか。そういえば、雀は死の使者だなんて話を聞いたことがある。今更、どうでもいいことだ。
「絵美里、ごめんな。今日の誕生日、祝えそうにないよ」
最悪だ。
今日帰ったら、プロポーズするつもりだったのに。指輪だって買ってあったのに。
絵美里がどんな顔するか見たかったのに。
まさかの『ごめんなさい』だったらどうするつもりだ。馬鹿言え、そんなわけあるか。
そうだ、馬鹿だ。死に逝くっていうのに、変なこと考えている。いや、そうじゃない。絵美里がプロポーズを断るわけがない。絵美里の気持ちは知っている。
なんでだ。どうしてだ。死にたくはない。
もう絵美里の笑顔を見ることが叶わないのか。満天の星空という最良の日だっていうのに。なにしている。事故だなんて、ふざけるな。
絵美里の笑顔が、泣き顔になっちまうじゃないか。
待て、待て、待て。まだ死ぬと決まったわけじゃない。諦めるな。絶対に諦めるな。助かるはずだ。奇跡的に復活を遂げる。そして、絵美里にプロポーズをすればいい。それこそ、サプライズじゃないか。そんな命がけのサプライズなんかいらないか。
ああ、なんだか物凄く眠くなってきた。目の端に赤い液体が溜まっていくのが映る。
これって……。
恭弥は、瞼を閉じた。意識の糸が完全に寸断された。
***
「恭弥、恭弥。目を開けて……お願い」
ベッドに横たわる恭弥の変わり果てた姿に抱き付き、絵美里はすすり泣いた。青白い顔で酸素マスクをつけている恭弥。医師の話だと今夜が山らしい。そんなことってある。何かの冗談だと言って。
絵美里は恭弥の右手をしっかりと握り、『私にまた笑顔を見せて』と祈った。
集中治療室にいる恭弥の傍にはずっといられなかった。恭弥の両親がいたおかげで一緒に入室することは出来たが、もうここへは来ることは出来ないかもしれない。奇跡を信じるしかない。このときばかりは神様に祈っていた。普段、信仰心があるわけでもないのに都合のいい時ばかり神頼みするなんて。
絵美里は、嘆息を吐き項垂れて重い足を引き摺るように病院を後にした。
恭弥の両親に挨拶してくるのを忘れてしまった。それも仕方がないことだと許してくれうだろう。恭弥の両親だもの。
絵美里は月明かりに照らされた背後にある病院へと振り返り、誰もいないことを確認すると「恭弥、大丈夫よ」と少しだけ口角をあげて笑みを浮かべた。
***
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