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10号室 手紙(後半)
しおりを挟むいつものようにポストへ向かったとき、ポストの下に一通の手紙が落ちていた。
えっ、あれはいつもの手紙?
小首を傾げて手に取ると、やはりそうだった。なぜ、落ちているのだろう。まあいい。他には何か郵便物はないだろうかとポストを開けたとたん大量の手紙が飛び交った。
手紙、手紙、手紙。手紙の嵐が巻き起こる。
どこを見ても手紙だらけだ。俺に攻撃を仕掛けてくるように頬を掠めて飛んでいく。ポストの下には手紙の山ができていく。
「誰か助けて!」
女性の声を耳にして背筋に悪寒が走る。それだけではない。ポストの下に落ちた手紙の山からいきなり手が突き出してきた。俺は腰を抜かしてその場に沈み込む。
「お願い、誰か誰か助けて……」
あたり一面が薄闇と化す。手紙の山から風に靡(なび)く黒髪が覗く。二つの恨みがましい瞳が光る。
やめてくれ、やめてくれ。
俺が何をした。
声にならない声を絞り出す。
「ああ、あなたと一緒にいたかった……」
えっ、どいういうこと?
手紙の山から一人の女性が這い出して来た。
「ああ、あなたのぬくもりが懐かしい」
何を言っている。俺は知らない。彼女なんかずっといなかったんだぞ。
足の力が入らず、四つん這いになり玄関扉を目指す。恨まれるようなことは何もしていない。何かの間違いだ。
どうにか玄関扉に辿り着く。震える手でドアノブにかけて扉を開き中へと逃げ込む。それでも耳鳴りのように「誰か助けて」の声が止まらない。
そのとき電話が鳴り響きビクンと身体を震わせた。無視だ、電話なんて無視だ。心臓の鼓動が耳元で激しく鳴り響いている。いったい何が起こった。これは現実なのか。
ガタガタガタと玄関扉が揺れ出した。
嘘だろう。逃げなきゃ。
俺は慌てふためき自分の部屋へと四つん這いで進んでいく。
部屋の扉を閉めて、耳を塞ぐ。
来るな、絶対に来るな。そう願うことしか出来なかった。昼間のはずなのになぜこんなに暗いのだろう。夜ではないはずだ。
気が変になりそうだ。
うわっ⁉
突然、目の前の机が震え出す。まさか、机から女性が飛び出してくるなんてことはないだろうな。
ガタガタガタ、ガタン。
物凄い音とともに、引き出しが床へと落下した。その落下で何かが飛び出してきた。あれは、ヘアクリップか。
あっ、あれは⁉
脳裏に蘇っていく一人の少女の姿が瞳に映る。そうだ、手紙の山から這い出してきたのはあの少女だ。けど、なぜだ。
「私、私……」
血色の悪い顔立ちの少女が少しだけ笑みを見せる。
「それ、私の……」
少女は涙を零してヘアクリップをみつめていた。
いったい何がどうなっている。助けてってどういうことだ。彼女は幽霊なのか? 生霊ってことも。
完全に頭の中がパニックを起こしている。俺は、奇声をあげて部屋を飛び出して駆け出すと玄関扉にぶつかるようにして開け放つ。太陽の光の眩しさに立ち止まり、手を翳して眇め見た。不思議なことに山になっていた手紙は消えており、手にはいつの間にかヘアクリップを握りしめていた。
苦しい。胸が苦しい。
心臓が悲鳴をあげている。額には異様な量の汗を掻いている。
少女は、どこへ。
夢でも見たのか、俺は。そんなはずはない。この手にあるヘアクリップがその証だ。ふと足元に目を向けると手紙が一通だけ落ちていた。
手紙を広い、『三間真司様』の文字を確認する。裏側には住所と氏名が記されていた。
隣町の住所だ。女性の名前がそこにある。『狭山みどり』と。いつもの手紙とは違う。
開封して、中の便箋を取り出したところホームページを見てお願いとのメッセージが。あのURLとともに。
息を整えて、俺は恐る恐る部屋へと戻る。誰の姿もない。ホッと胸を撫で下ろしてパソコンの電源を入れた。
ホームページには、少女の闘病日記が書かれていた。少女の名前が狭山みどりなのだろう。
どうやら、俺とぶつかったあと原因不明の病に陥ってしまったらしい。突然難病に。そして、天に召された。
だから逢えなかったのか。それにあの顔色はおそらく病気が引き起こしていたのだろう。
最後まで闘病日記を読み終えて嘆息を漏らした。
あのおかしな手紙が届いたころ、狭山みどりはこの世を去ったようだ。けど、なぜ俺のもとに現れたのだろうか。
一度きりしか逢っていない相手だというのに。俺に言いたいことでもあったのだろうか。
『一緒にいたかった』『ぬくもりが懐かしい』その言葉が脳裏に蘇り、ブルッと身体を震わせた。もしかして、俺のこと……。いやいや、そんなことは……ないとは言い切れないか。でも、少女はもうこの世にいない。
このヘアクリップも何か意味があるのかもしれない。本当にそうなのか。わからない。ならば、線香でもあげに行ってみようじゃないか。解決の糸口を掴めるかもしれない。少女の未練を断ち切れるかもしれない。
***
狭山家に訪問すると、やつれた女性が出迎えてくれた。おそらく母親だろう。なんとなく放っておけないそんな姿に映った。少女みどりの面立ちがダブって見えるようだ。
今までのことを話すべきだろうか。みどりの母に余計な心痛を与えてしまうのではないだろうか。けど、それではここに来た意味がない気もする。少しばかり迷ったあげく、すべてを包み隠さず話すことにした。あの出逢い頭の日のことからおかしな手紙まで。よくよく考えれば、話すという選択肢以外最初からなかった。線香をあげに来た理由の説明がつかないからだ。
みどりの母は、涙を流しながら俺の話に耳を傾けてくれた。時折、「みどり」と発してもいた。俺の話が終わると、みどりの母は「来てくれてありがとう」と手を握ってきた。
そのあと、みどりの母は口を開きゆっくり話し出した。
あの日、みどりは嬉しそうに話していたそうだ。俺と出逢った日のことを。一目惚れしてしまったらしい。ぶつかった驚きで心臓がドキッとして好きだと勘違いしたってこともある。なんてふと思ってしまったが、みどりの気持ちは大事にしてあげたい。
好きになってくれたことは、素直に嬉しいことだから。
それなのに、突然苦しさが襲って来て緊急入院してしまった。今ここにみどりの姿がいないことを考えると胸が痛む。
みどりは、俺に逢いたいと死ぬ間際まで口にしていたそうだ。けど、なんの手がかりもない状態から探すことは叶わなかっただろう。写真がなく名前もわからない。それでは探せるはずもない。みどり自身が俺の顔を見れば、すぐに判別出来ただろうが、入院している状態ではそれも無理な話。
胸の内に澱が沈んでいく気分だった。
未練を残して逝ってしまったせいでみどりは悪霊のような存在になってしまったのかもしれない。
「誰か助けて!」の言葉を投げかけて俺に忘れないでほしかったのかもしれない。
俺は、ヘアクリップを仏壇に供えて線香をあげて祈った。
『安らかに眠ってください』と。
「そのヘアクリップは」
「これは、みどりさんがぶつかったときに落としていったものです」
「そうなんですね。それは、私があげたものなんです」
またしてもみどりの母は俯き涙を拭っていた。
俺に何か出来ることがないだろうかとつい思ってしまう。今日出逢ったばかりで抱き寄せて慰めるなんてことは出来ない。結局、見守ることだけしか出来なかった。
俺は、泣き過ぎて赤い目をしたみどりの母に挨拶をしてその場を去った。
その後、おかしな手紙が届くことはなくなった。
原因不明の奇病か。なんだか考えてしまう。人の無力さを。未知の領域があることを。
なんだか「誰か助けて」という声がまだ聞こえてきそうだ。きっと、苦しかっただろう。助けてほしかっただろう。
俺は空を見上げて、小さく息を吐いた。みどりが成仏してくれたと信じて。
***
一年後、俺はみどりの母の香織と結婚することになった。
振り返ると不思議な縁だと思う。出逢い頭でぶつかるなんてことがなかったら、香織との出逢いもなかった。親子だから天国へ旅立ってしまったみどりと香織は似た雰囲気がある。娘みどりの面影があることで惚れたわけではない。旦那とも死別していて寂しそうにしている香織をどうしても放っておけなかっただけだ。守りたいと思ってしまっただけだ。気づけば何度も線香をあげにいっていた。おかしいなものだ。ふとした瞬間、香織の顔が浮かんでしまうようになっていた。惚れていた。年齢的にも丁度いい。
幸せかと尋ねられたら幸せだと答えるだろう。
今になってふと思う。もしかしたら、あのときの怪異はひとりぼっちになってしまった母を心配してみどりが引き起こしたものだったのかもしれない。
「誰か助けて」の言葉は母を助けてという意味だったのではないだろうか。
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