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13号室 ぼくは誰なの(後半)
しおりを挟むああ、良く寝た。
あれ、ここはぼくの家のはず。
「お母さん、どこ。なんで真っ暗なの」
返事がない。どうしてだろう。
どこかに出掛けたのかもしれない。そう思い、ぼくは外へ飛び出して目を見開いた。何がどうなっているの。こんなことってあるの。
おかしなことに、ぼくの家以外は存在していなかった。どこまでも続く草原が目の前に広がっている。風に揺れる草たちは、何も語ってくれない。当たり前だ。
そんなことよりも、この風景はありえない。現実じゃない。それになんだか肌寒い。
そうだ、これも夢だ。たまにあることだ。夢の中で夢を見るってことが。目が覚めても、夢の中ってことがぼくにはある。
「お母さん、どこにいるの」
やはり、返事はない。と思ったら、背後から「彰人、何をしているの」とのいつもの声が耳に届いた。振り返ると、ぼくの母が笑顔で立っていた。なんだ、家にいたのか。でも、この景色は……。
わからない、こんなことっておかしいよ。
「彰人、家の中で遊びなさい。外は危険だからね」
「危険なの。見えない向こう側は危険なの?」
「そうよ、だからここでずっと過ごしないさいね」
本当に危険なのだろうか。なんだか記憶が曖昧だ。ぼくの育った場所はこんなところだったろうか。違う、絶対に違う。
「そうだ。お母さん、麻衣ちゃんは?」
「えっ、麻衣ちゃん? 誰だったかしらね」
「どうしたのお母さん、ぼくの友達だよ」
「そうだったわね。きっと、どこかへ引っ越してしまったんじゃないかしら」
嘘だ。そんなこと、あるはずがない。
「お母さん、そんなことない。全部おかしいよ。どうなっちゃっているの」
「おかしな子ね。そうだ、彰人。もう眠いんじゃない?」
何を言っているの。起きたばかりじゃないか。とは言ったものの、なんだか瞼が重くなってきた。
「ほら、眠いんでしょ。彰人、おやすみ」
「おやすみ、お母さん」
「ふふふ、馬鹿ね。私は母さんなんかじゃないわ。だって、これは夢だもの」
えっ、どういうこと。
うううっ、い、痛い。
ぼくは、背中の痛みに身体を起した。
あれ、ここは……。ふかふかのソファーの上だ。
麻衣の家だ。けど、人の気配がない。どこかに出掛けてしまったのかもしれない。
んっ、ここが麻衣の家ってことは。ぼくは、猫。あれ、また夢を見ているのだろうか。なんか変だ。さっき、母さんが「これは夢だもの」って。
ああ、頭がこんがらがってくる。さっきまでが夢の中だってこと?
ぼくは、ぼくは……人間じゃなかったの?
今の猫の姿が本当の姿だったってこと?
嘘だ、ぼくは人間だ。猫じゃない。けど、この背中から腰にかけてのズキズキする痛みは、ここが現実だと語っている。そうだ、最初から、痛みを感じていたじゃないか。スープの美味しさに幸せ感じていたじゃないか。黄身のとろりとした食感もあった。
ぼくは、猫なの? 人間じゃなくて、猫だっていうの。
でも、でも、でも。これが現実のはずがない。夢だ。夢なんでしょう。
ドン、ドン、ガシャン。
何? なんの音?
「みつけたぞ、こんなところに隠れやがって」
ハッ。聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはぼくの倍はある身体つきの虎猫が睨み付けていた。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
ぼくは夢を見ているんだ。そうだろう。
「お母さん、早くぼくを起してよ」
「ふん、何を喚いている。お母さんって誰のことだ。おまえの母親はすでにあの世に逝っちまったじゃないか。俺様に盾突いたからな」
あの世だって……。馬鹿なことを。
そう思ったのだが、すぐに記憶の欠片がコロリと転げ落ちてきた。そうだ、ぼくの母はあいつに殺されたんだ。あの鋭い爪と牙にやられてしまった。
ぼくは思い出した。
あいつから逃げていたことを。ぼくも殺されてしまうと必死に逃げていたことを。
ああ、人間のぼくはどこにもいない。あれは夢だった。ぼくは、猫だった。
『おやすみ』と微笑んでくれる母さんはもういない。あいつが、あいつが憎い。けど、ぼくには何も出来やしない。返り討ちにあっておしまいだ。
「おい、おまえ震えているのか。そうだろう、怖いよな。死ぬんだから」
「うるさい。ぼくは、おまえなんかにやられたりしない」
「ほう、口だけは達者なようだ。どうやって俺様と戦うつもりだ。どう見たっておまえに勝ち目はないだろう。力の差があり過ぎる」
言い返せなかった。ぼくは逃げるしかないのか。
チラッと背後を見遣ったが、背後には壁があるだけだった。逃げるとしたら、あいつの向こう側に見える割れた窓からしかない。さっきの音は、窓を割った音だったのだろう。
なんて野蛮な奴だろう。
それもそうだが、どうしてぼくを殺そうとするのだろう。なぜ、母さんを殺したのだろう。盾突いたってどういうことだろう。悪いことをした覚えはない。悪いのはあいつのほうに決まっている。思い出せないけど、そうに決まっている。
ぼくは、勇気を振り絞ってあいつに向けて言葉を投げつけた。
「なんでだよ。なんで、ぼくを殺そうとするんだ。なんで、お母さんを殺したんだ」
「ふん、そんなことは簡単なこと。おまえの母親は俺様という伴侶がいるにも関わらず、どこの馬の骨とも知らぬ奴と愛し合ったんだよ。裏切りだ、これが裏切りでなくなんだと言う。その裏切りの証がお前だ。死をもって償うことは同然なことだ。違うか」
そ、そんなこと。
「嘘だ。全部、嘘だ」
ありえない。どう考えたって嘘だ。けど、どうにも記憶が曖昧で完全に否定出来ない。あんな奴のこと母さんが好きになるだろうか。本当は、あいつが母を奪おうとしたってことはないだろうか。
考えたって答えは出てこない。
「そう思いたければ、それでもいいさ。どっちにしろ、おまえは生きている資格がない。死、あるのみだ」
虎猫は牙を見せつけると、低い体勢で毛を逆立てて睨みつけてきた。
ダメだ、このままじゃダメだ。
誰か、来て。お願いだから。
ぼくは思いっきり大きな声で「麻衣ちゃん」と叫んだ。
だけど、その声は無情にも麻衣に届くことはなかった。
ぼくが最後に見たものは、首筋からポタポタと滴り落ちる深紅の鮮血だった。微かに麻衣の鳴き叫ぶ声を耳にした気がした。ぼくにはもうそのとき闇しか見えなかったけど。
温かな涙が頬に落ちてきたように感じた。殺気ある虎猫の気配はもうない。
涙声で「かわいそうに。なんて酷いことを。ごめんね。私のせいよね。ごめんね」と抱きしめてくれている。
「そんなことないよ、麻衣ちゃん。ぼくのために泣いてくれてありがとう。ぼく、麻衣ちゃんと出会えただけでよかったよ」
意識が遠のく中、どうにか顔を持ち上げようとしたけど震えるだけだった。ぼくの声は麻衣ちゃんには届かない。
「あ、シロちゃん。いいの、無理しないで。もう、いいの。ゆっくり休んでいいの。こんな血だらけになって、痛いよね、苦しいよね。シロちゃん、頑張ったんだよね。でも、もうゆっくり休んでいいのよ。シロちゃん、おやすみなさい」
「麻衣ちゃん、そうするよ。おやすみなさい」
ぼく、もうダメみたい。ぼく、知らないところで罪を作ってしまったみたい。けど、本当に悪いのはぼくなのかな。お母さんだって、きっと悪くなんかないよね。
ああ、これが夢だったらよかったのに。ぼくが人間だったら。
そうだ、まだこれが現実だと決まったわけじゃない。
もしかしたら、「彰人、起きなさい」って声がするかも。そしたら、ぼくは話すんだ「怖い夢を見ちゃったよ」って。
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