ちょっと奇妙な小部屋 ホラー短編集

景綱

文字の大きさ
44 / 50

24号室 思い出の地に現れた闇人(3)

しおりを挟む

 ああ、疲れた。運動不足な私には三十分の散歩も辛かった。『行こう』だなんて言わなきゃよかった。そう思ったのも束の間、濃厚なアイスクリームに気分は上々。疲れも一気に吹き飛んだ。私って単純だ。
 よし続いてメインのバーベキューだ。どうやら牛肉とラム肉が選べるようだ。ここはラム肉で決まりかな。

「ラム肉、野菜、ライス、つけもの、牛乳つきのコースがいいんじゃない」

 麻奈美の言葉にすぐに頷く。私も同じことを考えていたからだ。

「ああ、もう最高」
「まったく碧ったら、子供みたい」
「えええ、そんなことないわよ」

 ラム肉を頬張りながら、子供じゃないと否定したが、説得力に欠ける気がして照れ隠しに頭を掻いた。

「おこちゃまは、動物が好きですよね」
「麻奈美、ふざけないでよ」
「ごめんね。でも、その不貞腐れた顔がまたおこちゃまね」
「もう、どうせ私はおこちゃまですよ」

 私は思わず吹き出してしまった。つられるようにして麻奈美も吹き出した。
 高校時代に戻った気分になれて『おこちゃま』と呼ばれても腹は立たなかった。
 腹ごしらえを済ませて牧場にいる馬や牛と遠くに連なる山々を眺めた。田舎っていいかも。いや、たまに来るからいいのかな。私が住んでいるところも都会とは言えないけど、ここまで自然はない。空気が違うって言うけど、本当にそうだと思う。

「ねえ、ここも宿泊施設あるみたいだけどここに泊まるの?」
「残念でした。ここじゃないわよ。宇宙電波観測所の近くにあるのよね」

 確かにそんなところがあった気がする。高校のときは行かなかった場所だ。観測所ってくらいだから、星が綺麗に見えそうだ。夜が楽しみだ。きっと満天の星空が出迎えてくれるはず。想像しただけで素敵だ。

「待っているからね」

 えっ⁉
 耳元で誰かが囁いた。麻奈美じゃない女性の声だった。すぐに振り返ったのに誰もいない。空耳なんかじゃない。確かに聞こえた。けど、今の声って知っている。由里の声だ。十年経ってもあの声は忘れない。甘ったるいアニメに出て来るような特徴ある声だから。ただ、どことなく記憶の声よりも暗く重い声に感じた。
 寒気がする。右肩が少し重い。これって、まさか。いや違う。絶対に違う。
 それにしても『待っている』ってどういうことだろう。

「碧、どうかした。顔色悪いわよ」
「えっ、そう」
「具合でも悪いの?」
「ううん、大丈夫」

 大丈夫じゃない。何か違和感がある。私の身体なのにそうじゃない感じだ。このまま帰ったほうがいいかもしれない。けど、せっかく麻奈美が段取りしてくれた旅だから、帰るなんて出来ない。私ひとりじゃない。きっと何かあったとしても麻奈美がなんとかしてくれるはず。いやいや、私自身も気をつけていかなきゃ。麻奈美ばかり頼ってはダメだ。

「どうする。早いけど宿に行く。休んだほうがいいんじゃない」

 どうしよう。予定変更させては悪い。でも、今は楽しめる気分じゃない。

「ごめんね。いろいろ考えてくれたのにね。宿で休みたい」
「気にしないで。じゃ宿に連絡するね。迎えに来てくれるって話をしていたからさ」
「ありがとう」

 十年逢っていなかったのに、麻奈美は変わらずいい友達だ。ここに由里もいてくれたなら、もっと楽しく出来たかもしれないのに。きっと、私は精神的に疲れているのかもしれない。幻聴が聞こえるなんて。それとも、由里のこと考えていたせいかもしれない。高校時代はいつも三人で行動していたから。

「ふふふ、いつも一緒よ」

 まただ。サッと後ろに目を向けたが、やはり誰もいなかった。いったい何がどうなっているの。


***


 宿に着くとすぐに部屋で横になってしまった。
 いきなり畳とお見合いしてしまうなんて。どうしてしまったのだろう私の身体。怠過ぎる。これって霊的なものじゃないだろうか。最悪だ。

『星空の宿』なんて浪漫ある宿屋なのに。旅館と言うより民宿ってところだろうか。でも屋上があるみたいだ。元気だったら満天の星空を望めるはずなのに。

「碧、本当に大丈夫。病院行ったほうがいいんじゃない」
「うん、どうかな。病院より……。いや、なんでもない。ちょっと休めば元に戻るわ。大丈夫だから」

 麻奈美の心配そうな顔がそこにある。そんな顔しないで。無理にでも元気なふりしなきゃ。上体を持ち上げてにこりとする。

「無理しなくていいよ。夕食まで時間あるからそれまでゆっくりしていな」
「うん、本当に大丈夫だから。麻奈美だけでもどこか見に行ってきたら」
「いいよ。ひとりじゃつまんないし」
「でも……」
「わかった、わかった。ちょっとだけ出て来るわよ。だから、そんな申し訳ないって顔をしないの」

 そう話すと麻奈美は部屋を出ていった。
 私は、溜め息を漏らして再び畳の上に横になり瞼を閉じた。


***


 どうやら寝てしまったらしい。
 目の前に朱色の大きな夕陽が沈もうとしていた。

 あれ、なんで。私、宿の部屋で寝ていたはずなのに。ここはどこなのだろう。
 青々とした草原が風に靡いて揺れている。緑色の絨毯がどこまでも続いている感じだ。
 ああ、そうか。これは夢だ。きっとそうだ。
 ほら、そう思ったら私を起す麻奈美の声がしてきた。

「ダメ、それ以上行っちゃダメ」

 えっ、何?
 行っちゃダメって……。起こす言葉じゃない。夢よね、これは。まさか現実なのだろうか。

「ふふふ、こっちよ。一緒に行きましょう。もう何も悩むことなんてないのよ。ほら、こっちよ」
「由里。いつ来たの。そうか麻奈美が連絡とってくれたのね。あ、夢か」
「ふふふ、そうよ。だから私と一緒に楽しみましょう」

 私は笑んで由里のもとへと歩みを進めた。
 そのとき、「ダメーーーーー。死んじゃやだぁーーーーー」と麻奈美の声が背中にぶちあたり脳まで響き痺れを感じて足を止めた。

 夢じゃない。そう感じた瞬間、ハッとなった。

 足元から突風が吹き上げてきた。気づくと数十メートルはあろう高所に私は立っていた。しかも、あと一歩進んでいたら落ちていただろう。私はいったい何をしているのだろう。再び突風が吹き上げ落ちそうになり、ヒヤッとした。すぐに後退り尻餅をつき、安堵する。死んでいたかもしれないと思うと震えがくる。噴き出す汗が額から垂れてきて目に沁みた。

 私を誘ってきた由里はどこへ。ふとさっき見た光景が蘇り、あたりを見回す。だが、由里の姿はない。
 麻奈美が駆けつけて、私の頬を叩く。

「馬鹿、何を考えているの。なんで死のうとしたの」

 私は何も言葉を出せなかった。私自身、何が起きたのか理解出来なかったのだから。
 目を潤ませながら麻奈美は部屋に連れていこうと腕をしっかり掴んでくる。その間、麻奈美は何かをずっと話していた気がするが、何も耳に入って来なかった。
 その日、私は食事も取らずに寝てしまった。


***

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

1分で読める怖い話短編集

しょくぱん
ホラー
一分で読める怖い話を定期的に投稿しています。 感想などをいただけると嬉しいです。 応援よろしくお願いします。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...