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24号室 思い出の地に現れた闇人(3)
しおりを挟むああ、疲れた。運動不足な私には三十分の散歩も辛かった。『行こう』だなんて言わなきゃよかった。そう思ったのも束の間、濃厚なアイスクリームに気分は上々。疲れも一気に吹き飛んだ。私って単純だ。
よし続いてメインのバーベキューだ。どうやら牛肉とラム肉が選べるようだ。ここはラム肉で決まりかな。
「ラム肉、野菜、ライス、つけもの、牛乳つきのコースがいいんじゃない」
麻奈美の言葉にすぐに頷く。私も同じことを考えていたからだ。
「ああ、もう最高」
「まったく碧ったら、子供みたい」
「えええ、そんなことないわよ」
ラム肉を頬張りながら、子供じゃないと否定したが、説得力に欠ける気がして照れ隠しに頭を掻いた。
「おこちゃまは、動物が好きですよね」
「麻奈美、ふざけないでよ」
「ごめんね。でも、その不貞腐れた顔がまたおこちゃまね」
「もう、どうせ私はおこちゃまですよ」
私は思わず吹き出してしまった。つられるようにして麻奈美も吹き出した。
高校時代に戻った気分になれて『おこちゃま』と呼ばれても腹は立たなかった。
腹ごしらえを済ませて牧場にいる馬や牛と遠くに連なる山々を眺めた。田舎っていいかも。いや、たまに来るからいいのかな。私が住んでいるところも都会とは言えないけど、ここまで自然はない。空気が違うって言うけど、本当にそうだと思う。
「ねえ、ここも宿泊施設あるみたいだけどここに泊まるの?」
「残念でした。ここじゃないわよ。宇宙電波観測所の近くにあるのよね」
確かにそんなところがあった気がする。高校のときは行かなかった場所だ。観測所ってくらいだから、星が綺麗に見えそうだ。夜が楽しみだ。きっと満天の星空が出迎えてくれるはず。想像しただけで素敵だ。
「待っているからね」
えっ⁉
耳元で誰かが囁いた。麻奈美じゃない女性の声だった。すぐに振り返ったのに誰もいない。空耳なんかじゃない。確かに聞こえた。けど、今の声って知っている。由里の声だ。十年経ってもあの声は忘れない。甘ったるいアニメに出て来るような特徴ある声だから。ただ、どことなく記憶の声よりも暗く重い声に感じた。
寒気がする。右肩が少し重い。これって、まさか。いや違う。絶対に違う。
それにしても『待っている』ってどういうことだろう。
「碧、どうかした。顔色悪いわよ」
「えっ、そう」
「具合でも悪いの?」
「ううん、大丈夫」
大丈夫じゃない。何か違和感がある。私の身体なのにそうじゃない感じだ。このまま帰ったほうがいいかもしれない。けど、せっかく麻奈美が段取りしてくれた旅だから、帰るなんて出来ない。私ひとりじゃない。きっと何かあったとしても麻奈美がなんとかしてくれるはず。いやいや、私自身も気をつけていかなきゃ。麻奈美ばかり頼ってはダメだ。
「どうする。早いけど宿に行く。休んだほうがいいんじゃない」
どうしよう。予定変更させては悪い。でも、今は楽しめる気分じゃない。
「ごめんね。いろいろ考えてくれたのにね。宿で休みたい」
「気にしないで。じゃ宿に連絡するね。迎えに来てくれるって話をしていたからさ」
「ありがとう」
十年逢っていなかったのに、麻奈美は変わらずいい友達だ。ここに由里もいてくれたなら、もっと楽しく出来たかもしれないのに。きっと、私は精神的に疲れているのかもしれない。幻聴が聞こえるなんて。それとも、由里のこと考えていたせいかもしれない。高校時代はいつも三人で行動していたから。
「ふふふ、いつも一緒よ」
まただ。サッと後ろに目を向けたが、やはり誰もいなかった。いったい何がどうなっているの。
***
宿に着くとすぐに部屋で横になってしまった。
いきなり畳とお見合いしてしまうなんて。どうしてしまったのだろう私の身体。怠過ぎる。これって霊的なものじゃないだろうか。最悪だ。
『星空の宿』なんて浪漫ある宿屋なのに。旅館と言うより民宿ってところだろうか。でも屋上があるみたいだ。元気だったら満天の星空を望めるはずなのに。
「碧、本当に大丈夫。病院行ったほうがいいんじゃない」
「うん、どうかな。病院より……。いや、なんでもない。ちょっと休めば元に戻るわ。大丈夫だから」
麻奈美の心配そうな顔がそこにある。そんな顔しないで。無理にでも元気なふりしなきゃ。上体を持ち上げてにこりとする。
「無理しなくていいよ。夕食まで時間あるからそれまでゆっくりしていな」
「うん、本当に大丈夫だから。麻奈美だけでもどこか見に行ってきたら」
「いいよ。ひとりじゃつまんないし」
「でも……」
「わかった、わかった。ちょっとだけ出て来るわよ。だから、そんな申し訳ないって顔をしないの」
そう話すと麻奈美は部屋を出ていった。
私は、溜め息を漏らして再び畳の上に横になり瞼を閉じた。
***
どうやら寝てしまったらしい。
目の前に朱色の大きな夕陽が沈もうとしていた。
あれ、なんで。私、宿の部屋で寝ていたはずなのに。ここはどこなのだろう。
青々とした草原が風に靡いて揺れている。緑色の絨毯がどこまでも続いている感じだ。
ああ、そうか。これは夢だ。きっとそうだ。
ほら、そう思ったら私を起す麻奈美の声がしてきた。
「ダメ、それ以上行っちゃダメ」
えっ、何?
行っちゃダメって……。起こす言葉じゃない。夢よね、これは。まさか現実なのだろうか。
「ふふふ、こっちよ。一緒に行きましょう。もう何も悩むことなんてないのよ。ほら、こっちよ」
「由里。いつ来たの。そうか麻奈美が連絡とってくれたのね。あ、夢か」
「ふふふ、そうよ。だから私と一緒に楽しみましょう」
私は笑んで由里のもとへと歩みを進めた。
そのとき、「ダメーーーーー。死んじゃやだぁーーーーー」と麻奈美の声が背中にぶちあたり脳まで響き痺れを感じて足を止めた。
夢じゃない。そう感じた瞬間、ハッとなった。
足元から突風が吹き上げてきた。気づくと数十メートルはあろう高所に私は立っていた。しかも、あと一歩進んでいたら落ちていただろう。私はいったい何をしているのだろう。再び突風が吹き上げ落ちそうになり、ヒヤッとした。すぐに後退り尻餅をつき、安堵する。死んでいたかもしれないと思うと震えがくる。噴き出す汗が額から垂れてきて目に沁みた。
私を誘ってきた由里はどこへ。ふとさっき見た光景が蘇り、あたりを見回す。だが、由里の姿はない。
麻奈美が駆けつけて、私の頬を叩く。
「馬鹿、何を考えているの。なんで死のうとしたの」
私は何も言葉を出せなかった。私自身、何が起きたのか理解出来なかったのだから。
目を潤ませながら麻奈美は部屋に連れていこうと腕をしっかり掴んでくる。その間、麻奈美は何かをずっと話していた気がするが、何も耳に入って来なかった。
その日、私は食事も取らずに寝てしまった。
***
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