ちょっと奇妙な小部屋 ホラー短編集

景綱

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24号室 思い出の地に現れた闇人(4)

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 その日の真夜中のこと。
 何か物音がして目が覚めた。時計の針は三時を差そうとしている。

「碧、大丈夫」

 麻奈美はずっと起きていたのだろうか。私が目を開くと同時に声をかけてきた。なんだか申し訳ない。けど、もう大丈夫。たぶん。いや、わからない。また由里の囁き声を耳にするかもしれない。由里が誘ってくるかもしれない。夕方起きたことが現実ならば、由里は私を死へ導こうとした。なぜかはわからないけど。ということは、由里は生きてはいないってことだろうか。きっとそうだ。由里は幽霊だ。

 嘘でしょ。なんで……。
 私はいつの間にか身体を震わせていた。

「碧、碧。ねぇ、碧ってば」
「えっ」
「えっ、じゃないわよ。もう」
「ごめん」

 麻奈美は溜め息を吐き、「何か悩みがあるなら、話して。お願いだから、変な真似はもうしないで」と静かな口調で話した。
 麻奈美は私が自殺を図ろうとしていたと思っているのだろう。それは違う。
 私は、全て起きたことを包み隠さず話した。
 麻奈美の喉が鳴り上擦った声で「そんなことって」と口にして小刻みに左右に頭を振っていた。信じられないって顔だ。でも事実だ。

「由里ってもしかしたら、亡くなっているのかも」

 私の言葉に、ハッとする麻奈美。

「そうだ、碧。高校時代の野辺山駅で撮った写真持ってきたって言っていたよね。ちょっと見せて」
「いいけど、写真見ても何もわからないと思うよ」
「そうだけど、いいから見せて」

 私は、鞄の内側のポケットに入れておいた写真を取り出したとたん悲鳴をあげて写真を放り投げた。
 放り投げられた写真を麻奈美は手に取り、目を見開き固まっている。

「麻奈美、見ちゃダメ。写真捨てて」

 麻奈美は写真から目が離せないのか青白い顔をしたまま凝視していた。ダメだ、このままじゃ。私は麻奈美の手を叩き、写真を払い落とす。麻奈美はその場に膝から崩れ落ちるように座り込んでしまった。身体が震えている。
 畳の上に落ちた写真は裏側の白い部分を見せていた。それなのに、由里の顔が浮き上がってくる。不敵な笑みを浮かべた由里の顔が徐々に大きさを増していく。

 嘘、やめて。由里は私たちを恨んででもいるの。なんで。どうして。
 写真の中の由里はなぜだか動いていた。今もなお私たちに近づこうとしている。
 私は悲鳴をあげた。逃げなきゃと思いつつも、足が動かない。麻奈美も同じみたいだ。いや違う。動かないのではなく動けないのだ。由里が私たちの足を掴んでいる。

「一緒に行こうよ。楽しいよ。あっちの世界も。また三人で遊ぼうよ。ねぇ、いいでしょ。ふふふ」

 由里の笑い声がこだまする。
 耳を塞ぎ、再び悲鳴をあげた。そのとき、宿の女将さんが部屋へと駆けつけてきた。襖をバタンと開けた瞬間、写真から飛び出していた由里の姿が消え去った。
 助かった。襖を開けたことで空気の流れが変わったせいで現実世界に戻ってこられたのかもしれない。そう感じた。

「どうかしましたか」
「あ、いえ。大丈夫です。すみません」

 何とかそれだけ答えることが出来た。

「そうですか」

 女将さんは怪訝な顔をしていたが、部屋には何も変わった様子がないことを確認すると出ていこうとした。

「あ、あの、すみません。この近くに神社とかお寺はありませんか」

 私はそう尋ねていた。

「そうですねぇ。近くにはなかったかしら。ごめんなさいね、あまり知らなくて」
「あ、いえ。それならいいんです」

 女将さんはふと足元に落ちていた写真に目を向けて「あら、これあなたたちよね。今よりもちょっと若い気がするけど」と口にした。

「はい。高校時代のものです」
「そうなんだ。いいわね、今でも三人仲良しだなんて。これから先もずっとそうであってほしいわね」

 女将さんの言葉に背筋に悪寒が走った。三人って今言った。聞き間違いじゃない。嘘でしょ。私はゆっくりと後ろへ視線を向けた。
 由里がいた。
 逃げなきゃと部屋の入り口へと目を向けて心臓が凍り付きそうになる。女将さんの姿が闇のように黒い影と化していた。

 私は麻奈美と目を合せて、闇と化した女将さんの脇を一気に通り抜けて宿の出口へとダッシュする。靴も履かずに外へふたりして飛び出していた。その日は夜通し歩き回っていた。宿には帰れない。運よく由里はそのあと現れなかった。
 心の内とは裏腹に空は満天の星空だ。何もなければ感動する場面なのだろうけど、そんな気持ちにはなれない。きっと麻奈美も一緒だろう。

 朝陽が昇り始める頃に、私たちは宿へと足を向けた。信じられないあの光景は事実だったのだろうか。
 そろそろ宿に着くはずだと思っていたのだが、麻奈美と顔を見合わせて「どういうことなの」と口にした。
 宿があったはずの場所には朽ち果てた建物があるだけだった。最初は場所を間違えたのかと思ったのだが、私と麻奈美の荷物が建物の中でみつかり間違えじゃないと判明した。
 狐にでも化かされた気分だ。
 いや、由里の幽霊に化かされたのか。わけがわからない。


***


 旅から帰った後、高校時代に三人で撮った写真は寺に持っていき麻奈美と一緒に供養してきた。由里のことも気になりいろいろ調べた。思わぬ現実がそこにあった。
 高校卒業と同時に夜逃げ同然で由里の家族は住み慣れた街を去っていた。そして、野辺山で星空の宿を始めた。だが今年に入り経営状態が悪化して、そのあとに由里の家族は一家心中してしまったそうだ。一ヶ月程前のことだ。
 きっと由里は死にたくはなかっただろう。寂しかっただろう。私や麻奈美と一緒にいたかったのだろう。

「ごめん、私、何も知らなくて」

 私は空を見上げて由里が成仏出来るよう祈った。

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