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25号室 極楽おんぼろ屋敷(1)
しおりを挟む甲斐樹季樹季は、思わず立ち止まってしまった。
背中にある『祭』の赤文字が目に留まる。どうみても祭りの時に着る法被だ。どこかで祭りでもしているのだろうか。いや、そんな話は聞いていない。耳を澄ませても祭囃子は届いてこない。途中にあった神社でも何の準備もしていなかった。いつもの厳かな雰囲気が漂っていた。
それにしても、あのおっさんは何をやっているのだろう。腰に手を当てて空を見上げている。飛行機雲もなければ、目の惹く変わった形の雲があるわけでもない。ならば空を見ているわけじゃないのか。いや、何もないけど空を眺めたくなることはあるか。流れゆく雲をただ眺めて、心地いいそよ風を感じているだけってこともある。けど、どうせ目を向けるなら、反対側の景色だろう。
沈みかけた朱色の太陽が水平線で存在感ありげにさようならと告げている光景が目に映る。夕陽を反射する海の煌めきは感慨深いものだ。それなのに、あのおっさんは海に背を向けている。この場所であの心に惹かれる景色に背を向けるとはおかしなおっさんだ。背中で波音を感じ取っているわけでもないだろう。
そんなおっさんに目を奪われている自分も変かもしれない。樹季はそう思うと笑えてきた。だがすぐに真面目な顔に戻る。ふと、犬や猫が見えない何かを窺う様を思い浮かべた。まさか、幽霊がいるとか。
普通だったら、そこで背筋がゾクゾクするところだろうが樹季は違う。幽霊は珍しいものではない。樹季にとっては日常茶飯事だ。ただ目を凝らしてみてもそれらしき存在は見当たらない。
首を捻りつつも、おっさんの見遣る先を再び凝視してみる。やはり何も窺えない。樹季は霊感が強いと自負しているつもりだ。ぬくもりのような温かさを少し感じるがこれといって強い気は伝わってこない。おそらく幽霊はいないのだろう。それならば、あのおっさんは余計に変だ。いったい、あのおっさんの目には何が映っているのだろうか。
顔は完全に髭面でおっさん確定だ。ただ背が低いせいか顔を見なければ、一瞬子供かと見間違えそうになる。まるで子供の身体におっさんの顔が乗っているようなドキッとしてしまう存在だ。まあ、そういう人もいるだろうと心をどうにか落ち着かせる。けど、あの出で立ちはいかがなものか。気にならないほうがおかしい。背中の『祭』の赤文字は誰が見ても目立つ。
あのおっさんはいつまであそこに突っ立っているつもりだろう。よく見遣れば、口が動いている気がする。独り言だろうか。やはり幽霊がいるのだろうか。どちらにせよ、樹季の中ではすでに不審者決定だ。早くどこかへ行ってくれないものだろうかと正直思う。
いつまでも、こんなところでおっさんなんか眺めている場合ではない。墓参りに行かなきゃいけない。けど、おっさんの横を通り過ぎていかなくては墓地へは行けない。どうにもおっさんの横を通り抜けることを躊躇ってしまう。どうしたものか。などと迷っていても仕方がない。行くしかない。
樹季は、素知らぬふりをしながら通り過ぎようと決めた。内心は気になっているのだが、その気持ちを胸の奥へ押しやる。よし、大丈夫だ。関わり合わないほうがいい。もう少しだと思ったとき、おっさんが口を開いた。
「ほほう、お主の名前は勢いのある青葉を連想させるな。力強さも感じる。なかなかの逸材とみた」
樹季は足と止めて小首を傾げた。それって自分のことか。いや、まさか。おっさんが自分の名前を知っているはずがない。第一、おっさんは背を向けている。話しかけてきたわけじゃない。たぶん。ならば、誰に話しかけたのか。
「おや、どうした墓参りに行くのではないのか。通りすがりのジジイの戯言だ。気にするでない。わしは、お主の両親と話しているだけだ」
何⁉
樹季は振り返りおっさんが見遣る先に目を凝らす。
あっ、見えた。さっきは何も見えなかったはずのところに確かに半透明の存在を確認した。ぼんやりとしてはいるが、確かに父と母だ。そう思った矢先、スッと父と母は姿を消してしまった。
「父さん、母さん」と叫んだところで再び姿を現してはくれない。樹季は、「どういうことだよ、これは」とおっさんに詰め寄ろうとして動きを止める。
あれ、おっさんはどこだ。消えた。嘘だろう。まさか、おっさんも幽霊だったのか。あたりを見回してみたが、どこにもいない。そのとき、黒猫が足元を通り過ぎていき木の塀のあたりでこっちに振り返り「ニャン」と鳴いた。
樹季はもしかしてと思い木の塀の向こう側を覗いてみた。
おっさんはいた。
「あっ、みつかってしまったか」
にやけた顔をして頭を掻いて言葉を続ける。行動パターンの読めないおっさんだ。
「これ、真っ黒コゲ。みつかってしまったではないか。なぜ、ここで鳴く」
あいつコゲって名前なんだ。真っ黒コゲはないだろう。
黒猫コゲはおっさんの言葉にプイとそっぽを向き、歩き去ってしまった。と同時に、おっさんは黒猫コゲを追いかけるように駆け出していってしまう。
いったいなんだったのだろう。不可解ではあるが、妙に好奇心を擽るおっさんだ。真っ黒コゲと呼ばれた猫も気にかかる。もうちょっといい名前をつけてやればいいのに。
樹季は空中に目を向けた。さっき父と母がいたあたりを。もうそこには誰もいやしない。単なる目の錯覚だったのだろうか。そうは思えないとすぐに考えを否定する。幽霊でもいいから、また逢いたい。話したい。樹季は溜め息を漏らして、墓地へと向かった。霊感はあっても逢いたい幽霊に逢えるとは限らない。そう思うと気持ちが沈む。
歩みながら、ふと両親が亡くなってしまった事故を思い出す。あの事故はどうにも腑に落ちないことがある。
「解決してやろうか」
「ふにゃ」
急に背後から声がしてビクッと身体を震わせた。
「な、なんだよ。驚かすなよ」
心臓がバクバクいっている。
おっさん、いつの間に。それに、解決してやろうかってどういうことだ。問い質そうとしたら、おっさんはまたしても駆け出して行ってしまった。なんだか落ち着きのないおっさんだ。そう思うとあの背にある『祭』の文字が光ったように感じた。気のせいだろうけど。
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