ちょっと奇妙な小部屋 ホラー短編集

景綱

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25号室 極楽おんぼろ屋敷(4)

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 樹季は、ひとつ大きく息を吐き目の前の一軒家を眺めた。父が残してくれた家だ。家賃がかからないのは、樹季にとって安心材料のひとつになっている。ただ、一人で過ごす一軒家はいろいろと余計なことを考えてしまい心が痛むこともあるけど、それは時が解決してくれるだろう。
 とにかく頑張らなくちゃいけないと自分に言い聞かせて玄関扉の前に立つ。財布に入れてある鍵を手に取り鍵穴へ差し込んだとき、あれっと思う。開いている。確かに、鍵はかけて出掛けたはずだ。

 まさか、泥棒⁉

 最近の泥棒はどうどうと玄関から侵入するのだろうか。鍵のかけ忘れってこともある。どちらにせよ、用心することに越したことはない。
 音が鳴らないようにゆっくりと扉を開けて、忍び足で家の中へと進む。なんとなく気配を感じる。誰かいる。ごくりと生唾を呑み込み、聞き耳をたてつつつま先立ちで慎重に歩みを進めた。
 ゆっくりだ、慌てるんじゃないぞと心の内で呟きながら、居間の手前で息を吐く。誰もこっちに向いていないことを祈り、樹季は居間のほうに顔だけ覗かせていく。

「おお、やっと来たか。遅かったじゃないか」

 いるはずのないおっさんのにこやかな笑みに樹季は口を半開きにして動きを止めた。黒猫コゲも幽霊の風花もいる。

 なぜだ。
 そんな思いが伝わったのか風花がスゥーッと近づいて来て「私、幽霊ですから。鍵など容易く開けられますわよ」と三日月のような目をして頬を緩ませた。

「お主にはどうしても話しておかなくてはいけないことがあってな」

 おっさんは、真剣な眼差しを送ってきた。なんだ、この感覚は。悪ノリするおっさんの印象が一変する。どことなく威圧感もあった。

「幸吉さん、お話はお屋敷でされたほうがよろしいのではないですか」

 風花の言葉におっさんは頷き「では参ろう」との言葉を口にしてニヤリと笑んだ。その瞬間、頬に風を感じた。
 気づくと青々とした竹林が押し迫ってきた。いや、そうじゃない。風に靡く竹が揺れて葉擦れの音が鼓膜を震わせて錯覚しただけだ。その竹林を両断するかのように細道が奥へと続いている。何が起きている。瞬間移動したとでも言うのか。大きく息を吐き、深く息を吸う。ゆっくりと瞼を閉じて耳を澄ます。気持ちを静めていくうちに、葉と葉が擦れあう音が心地よくなっていく。

 そうだ、この場所は知っている。瞼を上げておもむろに振り返ると、両親の眠る墓のある墓地を視界が捉えた。やはり墓地の裏手にある竹林だ。
 でもどうやって。幻覚でも見ているのだろうか。竹の香りに土の香り、葉擦れの音。靴を通して土の感触がある。幻覚ではない。

「ふふふ、驚きますよね。幸吉さんはちょっとした呪術を扱えるのですよ」

 やっぱりおっさんは妖なのか。

「馬鹿言え、ジジイは単なるボケ老人だ。妖ではない。おいらは猫又だけどな」
「これ、おまえはいつもいつも馬鹿にしおって」

 黒猫コゲはおっさんの言葉に竹林の奥へと逃げていった。おっさんも追いかけていく。

「まったく、しょうがないお人ですこと。そこがまたいいのですけどね。あれでも私の旦那なのですよ」

 樹季は風花の言葉に動きを止めて目を見開いた。あのおっさんと風花が夫婦ってことなのか。そんな馬鹿な。
 風花はそっと手を取り「行きましょうか」とニコリと微笑んだ。風花に見つめられると、なんだか照れ臭い。けど、幽霊だったと思い出して少し残念な気分になる。

 そういえば、この竹林の先ってただの空き地じゃなかったろうか。思い違いだろうか。小首を傾げて歩みを進めると、おんぼろな屋敷が見えてきた。

「遅いぞ。あ、お、お主。風花となぜ手を繋いでおる。ほら、離れろ。わしの妻に手を出すとは許せん」
「何を言っているのですよ。私が愛しているのは幸吉さんだけですよ」
「な、何を。わかりきっておることを」

 おっさんのデレデレな顔なんてみたくはない。なんで、おっさんと風花が夫婦なのか。

「クックック。風花も物好きだよな。こんなジジイのどこがいいんだか。ジジイと結婚したから早死にしちまったんじゃないのか」
「こら、コゲ。口が過ぎるぞ」
「そうですわよ。心にもないことを。コゲさんは天邪鬼ですね。幸吉さんを慕っているのはわかっていますよ」
「まあな。けどよ、あいつもおまえらが夫婦なのが不服みたいだぞ」

 突然、黒猫コゲがこっちを指差して不敵な笑みを浮かべた。
 おっさんが睨み付けてきた。おお、あの目つきはやはり妖だ。

「幸吉さん、ダメですよ。樹季さんは正直者だってことですよ。それにいい男ですし。それに引き換え幸吉さんはいい男とは言えませんものね。美女と野獣ってところですかしら。いや、幸吉さんは野獣のような強さもありませんでしたわね」
「これ、風花。そこまで言われると落ち込んでしまうではないか」
「あら、ごめんなさいね。幸吉さんのことは大好きなのですよ。お優しいですもの」

 おっさんの顔が朱に染まっていく。わかりやすいおっさんだ。すぐ脇で黒猫コゲがクックックと笑っている。
 よくわからないけど、いい夫婦関係だったようだ。幽霊になってもそれは変わらないみたいだ。和やかな雰囲気に、樹季は忘れかけていた家族の一時を思い出していた。だがすぐに樹季は心温まる思い出を振り払い現実に意識を戻した。

 気分がよくなったのかおっさんは、鼻歌を歌いながらおんぼろ屋敷へと入っていった。黒猫コゲもそのあとを追った。

「では、樹季さんも入りましょうか」

 風花はニコリとして先に屋敷へ足を向ける。
 樹季は、おんぼろ屋敷を眺めた。正直、中へ入りたくない。瓦屋根がところどころ欠けて落ちている。壁は崩れかけて中の竹で出来た柵のようなものが見えている。どうやら土壁のようだ。この家は大丈夫なのだろうか。築百年以上は経っていそうだ。

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