ちょっと奇妙な小部屋 ホラー短編集

景綱

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25号室 極楽おんぼろ屋敷(3)

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 一ヶ月前に起きた最悪の出来事。不可解であるにもかかわらず、警察は特に問題提起することもなく事故で処理をしてしまった。納得出来るものではない。再調査が認められなかったことが悔やまれる。
 あのおっさんは、単なる事故ではないと口にした。やはり、あの事故には何かある。
 運転席には父が、助手席に母、後部座席に自分が乗っていた。ただ樹季はうたた寝していた。気持ちいい眠りのはずだった。あの衝撃を感じるまでは。

 ガクンと身体が前のめりになり、シートベルトが腹に食い込みウッと唸り目が覚めた。と同時になぜか後部座席のドアが全開になり外へと放り投げられる形になった。草が生い茂っていなかったら無傷での生還は出来なかっただろう。だが、両親は帰らぬ人となってしまった。樹季が目にしたものは、川底でひっくり返った車体の裏側だった。

 頭の片隅であの事故はおかしいと思いつつもはっきりとしたことはわからなかった。警察が事故だと判断したのならその判断を受け入れるしかない。
 樹季に出来ることは何もない。諦めるしかなかった。

 今思い起こしてみると、車のドアが開いた時、何か淡く光るものを目にしたような。あれは人だったろうか。わからない。目の錯覚だったのだろうか。もうひとつ疑問があった。シートベルトをしていたはずなのに、なぜ外へ放りだされたのだろう。やはり誰かがいたということだろうか。
 そういえば、車が真横に突然飛ばされたように感じられなかっただろうか。そんなこと現実にありえないことだ。
 記憶違いかもしれない。寝ぼけていて頭が回らない状況の中、突然の衝撃でパニック起こして変な記憶になってしまった恐れもある。きっとそうだ。謎だらけで、混乱してしまう。

 いつまでも過去のことにこだわっていてはいけない。両親が帰ってくるわけじゃないのだから。それよりも今重要なことは、早いところ仕事探さなくてはいけないことだ。事故のショックから仕事が手に着かず辞めてしまった。父の生命保険で生活は出来てはいるが、いつまでも定職に就かずにいるのはよくない。このままだと堕落していく一方だ。と言いつつ、楽な方に気持ちが傾いてしまう。しばらく生活出来る金はある。大丈夫だ。そんな声が耳元で囁かれる。これでは、ダメ男まっしぐらだと苦笑いを浮かべてしまう。

 あっ、おっさんだ。今日も祭の法被を着ている。なんだかあの姿を見ると平和だなって思ってしまう。けど、警戒心も募る。
 今日のおっさんは何をしているのだろう。しゃがみ込んで何かぶつぶつ呟いている。腰は治ったのだろうか。どう見ても、おっさんは変わり者だ。また幽霊と話しているのかもしれない。一瞬、近づいていこうかと思ったが、ここは迂回するべきだろうと考えを変えた。事故の話をしていたが、冷静になって考えると怪しい。異世界とも話していた。馬鹿げた話だ。けど、気にかかる。信用出来る者なのかと少し考えたあげく、やっぱり迂回だと決断した。

 樹季は踵を返して来た道を戻ろうとした。そのとき、背後で猫の鳴き声を耳にした。チラッと顔だけ後ろへ向けると、そこにいたのは黒猫だった。つい反応してしまった。猫好きの性だ。

 よく見ると、黒猫とおっさんが会話しているように窺えた。そんなことありえないと頭ではわかっている。
 猫と会話するおっさん。益々、謎が深まる。あの黒猫は墓参りに行ったときにもいた。コゲだ。
 猫は可愛いけど、やっぱり関わらない方が賢明だ。変人の仲間入りにはなりたくはない。樹季は前を向き歩き始めた。

「おお、そこの……えっと、名前忘れた。とにかくこっちへ来い」

 おっさんの声だ。もしかして、自分に声をかけているのか。だとしてもここは無視だ。聞こえないふりだと決め込み歩みを止めず進んだ。だがすぐに足を止めることになってしまった。

「あら、なかなかいい男ではないですか」

 思わぬ言葉ににやけた顔になり頭を掻いた。
 目の前に笑顔が魅力的な艶ある長い黒髪の女性が、突如現れて行く手を立ち塞ぐ。いったいどこから現れたのか。いきなり湧き出てきたという感を否めない。だが、すぐに理由は判明した。
 幽霊だ。女性の身体を通して向こう側が透けて見える。

「おや、思ったよりもリアクションが薄いですわね。なかなか肝が据わっていてよろしい。まあ、逢うのは二度目ですからね。そう驚かないですわね。ふふふ」

 子供の頃から霊感はあったから、ちょっとやそっとのことじゃ驚かない。幽霊に話しかけられたことは初めてで、少しは怯んだけど顔には出てはいなかったようだ。けど、二度目って。

「ほほう、幽霊が見えるか。やはりわしが見込んだだけのことはある」

 見込んだだって。おっさんに見込まれたくはないけど。

「風花が話すんなら、おいらだって話していいだろう」
「まあ、いいか。遅かれ早かれわかることだ」

 風花っていうのかこの幽霊は。んっ、ちょっと待て。今、黒猫コゲが人の言葉を話さなかったか。これは幻聴か。

「もしもし、色男のおまえさん。無口な男は魅力的ですけど、私は積極的なほうが好みなのですけどね。まあ、幽霊に話しかけられちゃそうなるのも仕方がないですわね。ふふふ」

 心を擽る素敵な笑顔を振りまく風花にうっとりしてしまった。幽霊だというのに。

「違うぞ、風花。猫のおいらが言葉を話したから、こいつはびっくりして言葉が出なくなっちまったんだ。そうだろう」

 確かに、それもある。
 突然、非現実的なことが起こったら言葉を失うのも当然だ。これは現実なのか、夢ではないのか。
 冷静に考えよう。夢であるはずがない。朝、起きてからずいぶんと経つ。昼寝はしていない。ここまで歩いて来たではないか。歩きながら寝るような器用な真似は出来ないから、やはりこれは現実だ。ならば、逃げたほうがいい。きっとおっさんも人間じゃない。そう考えれば納得出来る。よく見ればあやかしっぽい。

 樹季はおっさんの横を全速力で駆け抜けた。背後で何やら声が聞こえたが、無視を決め込んだ。どれくらい走っただろうか。追いかけては来ていないようだとホッと胸を撫で下ろす。

 今日は家に帰ろう。それがいい。
 それにしても、あのおっさんは何者だろう。人間ではないとしたら、やはり妖か、それとも幽霊か。樹季は首を傾げて考え込んだ。

***

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