本の御魂が舞い降りる

景綱

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第二話 悲しき本の声

(一)樹実渡と朝食

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 パソコンのキーボードに手を置きながらまぶたが閉じていく。
 しまった。眠ってしまった。
 何をしているんだか。欠伸をして腕を上に伸ばす。
 気合だ、気合い。

 なんでこんなにも眠いのだろう。
 少し休めと脳が訴えているのだろうか。脳からの警告か。そうかもしれない。根を詰めすぎただろうか。
 もう一度見直ししたいところだが、このままでは効率が悪くなる。ちょっと仮眠でもとろうか。

「おっ、やっているな。おいらが大活躍する『本の御魂』をデータ化しているんだろう。どうだ、順調か」

 樹実渡か。グレンの背に乗っている姿に頬が緩む。

「ああ、徹夜してさっき終わったところだ。けど、誤字脱字あるかもしれないから見直さないといけないんだ」
「そうか。そんなに急がなくてもいいんじゃないのか。あまり無理をするんじゃないぞ」

 優しいこと言ってくれる。いい奴だ。付喪神ではあるが、誰かいてくれるっていいものだ。

「ありがとうな。樹実渡。でも急がなきゃいけなんだ。こないだデータ化した源じぃの最後のエッセイと同時に発売したいって親父が話していたからさ」
「ふーん、なるほど」

 それにしても不思議な光景だ。普通にこいつと会話しているのもおかしな話だ。
 これこそ、ファンタジーの世界観じゃないか。だからこそ、源じぃは小説にしようと思ったのだろう。本の御魂か。樹実渡のような本の御魂が住む世界とかあるのだろうか。あったら面白いかもしれない。
 どんどん妄想が膨らんでいく。

「樹実渡、おまえたちみたいな本の御魂って他にもいるのか」
「んっ、いるにはいるぞ」
「そうなのか。なら、本の御魂の国みたいなものもあるのか」
「国か。どうだろう。おいら、わかんないや」

 わからないのか。残念。
 それにしてもグレンはよく嫌がらずに背中に乗せているものだ。まさか、源じぃがグレンの中にいるってことはないのだろうか。源じぃが乗り移っていたらもっと嫌がるか。

 源じぃ、また出て来てくれないかな。無理か。
 もう天国に逝ってしまったはずだからな。

 遼哉は小さく息を漏らして床に大の字になる。天井をぼんやりとみつめていたら、グレンが鼻先をめてきた。
 ザラリとした舌が少し痛いのになんだか心地いい。本当に可愛い奴だ。グレンのあごの下をでてあげると、目を細めてもっと撫でてくれと言わんばかりに顎をあげてくる。

 ダメだ。眠気が強くなってきた。
 大欠伸をして涙目になる。やっぱり少しだけ仮眠とろう。

 チラッと視界に入ってくる樹実渡とグレン。本当は朝飯の催促に来たんじゃないのだろうか。用意してやらなきゃいけないか。
 待てよ、グレンは隣で食べてきているはず。さっき扉を開けてくれと催促に来ていた。さっきと言っても結構時間経っているのか。

 時計を見遣り、十時ちょっと前だと確認した。大丈夫か。
 あれ、それなら誰がまた家に入れてあげたのだろう。やっぱり源じぃがいるのか。
 遼哉は上体を起して「源じぃ」と呼んでみた。
 返事はないか。

「おい、源蔵はいないぞ」
「なら、グレンはなぜ家にいる。さっき外へいっただろう」
「ああ、それならおいらが入れてやった」

 そうか、樹実渡だったか。ってその小さな身体であの玄関扉を開けられるのか。

「そんなことより、朝飯にしてくれないか」
「やっぱりそうきたか。で、何が食べたい」
「そうだなぁ。スクランブルエッグな気分だな」
「わかったよ」

 おかしな奴だ。スクランブルエッグな気分ってどんな気分だ。まあ、いいけど。一緒に自分のぶんも作ろう。腹が減っていたことに今更ながら気づく。
 遼哉はキッチンへ向かいインスタント珈琲を入れてグイッと飲み干すと、冷蔵庫から卵を三つ取り出してフライパンを温めた。

 なぜだか小海の顔がふいに浮かんできた。小海と会いたいのか。
 何を考えているのだろう。そんなことよりも小海は朋美に話を訊けただろうか。
 伴治に相談を持ち掛けられてから一週間経つが音沙汰がない。なんの面識もない自分がいきなり出ていくわけにもいかない。伴治経由で話すことは出来るだろうけど、素直に話してくれるかわからない。同級生の小海がまずは仲良くなることがやはり一番なのだろう。

 うまくいっているのだろうか。
 火乃花じゃないけど、手遅れになったら大変だ。トラブルを抱えているとしたらの話だけど。女子高生だしいろいろと悩み事はあるのだろうけど。重大な悩みでないことを祈ろう。

 遼哉は考えながらも、きちんと手は動かした。卵も割ってマヨネーズに牛乳、それに塩コショーを少々入れてかき混ぜておき、フライパンにバターを投入。あとはかき混ぜながら焼けばいい。

「おーい、とろけるチーズを忘れるなよ。おいら好きなんだよなぁ」

 樹実渡は注文が多い。仕方がない奴だ。

「忘れていないよ。大丈夫だ」
「そうか、ああ、いい匂いがしてきた。腹の虫が騒ぎ出しそうだ」

 本当にいい匂いだ。
 グレンもいい匂いにつられたのか、足元から見上げてくる。上目遣いのその瞳にお裾分けしたくなってしまう。

 ダメだ、ダメだ。
 遼哉は頭を振った。グレンにはあげられない。その前にグレンはもう食べてきているからあげる必要はないか。

「おい、ボケっとして焦がすなよ」
「わかっているよ」

 足元でいまだにみつめてくるグレンを見遣り、隣の家に挨拶しに行ったときのことを思い出す。

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