本の御魂が舞い降りる

景綱

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第一話 謎の鍵が示す先

【三十二】料理本の御魂

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「ああ、ダメだ。おいら、もう我慢できない。肉まん食いてぇ」

 えっ、なに。
 突然、山吹色の人形が騒ぎ立てた。

 いったい、何が起きている。人形がしゃべった。しかも、立ち上がって近づいて来る。これは逃げるべきか。そう思っても足が動かない。ありえない状況に脳からの指令が筋肉に伝わらない。

「なぁ、おまえ遼哉っていったっけ。肉まんを買いにいったよな。おいらにも分けてくれ。腹減っちまってよ。もうかれこれ十年は食っていないからな。いや、それ以上経っていたかなぁ」

 なんて純粋な瞳をしているのだろう。
 十年以上何も食べていないのか。それは腹減るだろう。ってそうじゃない。人形が腹を空かすなんてことはない。いや、あるのか。いやいや、ないだろう。
 第一、食べた物がどこへ入るって話だろう。待て、待て、問題はそこじゃない冷静になれ。

 遼哉は大きく深呼吸をして、人形は動かないし話さないし肉まんも食べない。それが普通だ。今は、きっと夢でも見ているに違いない。そうだ、源じぃの幽霊だって登場するはずがない。
 何も見ていないし、聞いてもいない。この部屋からさっさと出たほうがいい。
 これは夢だ。きっと、自分の部屋でうたた寝でもしているのだろう。

「もしもーし、聞いているんですかぁ。おいら、腹が減ったんですけどぉ。あっ、タダで強請ねだるのは間違っていると思っているんでしょうかね。なら、うーん。いろんな料理を教えるからさ。とりあえず肉まんを食わせてくれないかなぁ。おいらは料理本の御魂みたまだから、料理のことならなんでも知っているぞ。なんでもは言い過ぎか。おーい。無視はいけないんだぞ。それとも、伴治との仲直り作戦に協力しようか」

 なんで聞こえてくるだ。それより、こいつは何を話している。
 料理本の御魂だって。人形が協力するだと。
 わけがわからない。ダメだ、早く部屋を出て忘れることだ。

「こんなことありえない。普通じゃない」
「むむむ、普通。おいらには今あることが普通だけどな。おまえとおいらの普通は違うってことかもな」

 人形の言葉にハッとする。そうか、普通ってみんな違うのか。そうかもしれない。考えてみれば自分の思う普通がみんなに当てはまるわけじゃない。なら、普通ってなんだろう。自分の勝手な思い込みで判断しちゃいけないってことか。
 何を人形の言葉を受け入れている。というか、思っていたこと口に出ていたのか。独り言を口にするなんて。

「おーーーい」

 足元でじっとみつめてくる人形の瞳にドキッとした。やっぱり怖いかも。そう思ったのだが「肉まん、食いてぇよ」との言葉と愛嬌あいきょうある笑みに力が抜けた。
 こいつはなんだ。面白い奴だ。この感じ、何か好きかもしれない。

「そいつは付喪神つくもがみってやつだ。気にするな。いろいろと役に立つ奴だぞ」

 声のほうを見遣ると源じぃが目尻を下げて手を振っていた。

「ちょっと、源じぃ」

 呼び止めたのにすでに姿は消えていた。気にするなっていったって、気になるだろう。付喪神と言われればそうなのかと思えるけど、実際に存在するなんてことを考えたことがない。
 料理本の御魂っていったか。なら、やっぱり本なのか。どうみても人形なのに。

 ああ、もう。これは本当に現実なのか。山吹色の衣装をひるがえして足元へ近づき、カーゴパンツのすそを引っ張ってくる。

「あの、肉まんの件はどうなるんでしょうか。ダメですかね」

 涙目になって訴えてくるその姿に心が揺れた。そんなに食べたいのか。

「わかった、わかった。今、蒸かしてやるから待っていろ」
「おお、やった。ふかふか肉まん食べられる。やった、やった」

 涙目だった奴が、飛び跳ねて笑顔を振りまいている。騙されたのか。いやいや、そうじゃない。会ったばかりだが、きっとこいつはそんな奴じゃない。そう思えた。

 遼哉は大きく息を吐き出して、キッチンへと向かった。
 はしゃぐ声が背後から届いてきて、思わず笑みを浮かべてしまう。あいつは食いしん坊なのかもしれない。そういえば、あいつの名前は……。ハルが名前を言っていたのに出てこない。

 まあ、いいか。
 そんなことを考えて歩いていたら、グレンが足元をすり抜けて駆けていった。

 んっ、グレンの背中に人形が乗っている。
 可愛いじゃないか。遼哉はすぐに頭を振り、違うだろう。こんな現実ありえない。そう思いつつも、どこかで受け入れている自分がいた。
 なんだかとんでもないところに来てしまった。

「あっ、そうだ。庭の花がしおれていたから、おいらが生き返らせてやったからな。パンジーにビオラにノースポールが輝いているだろう」

 庭の花を生き返らせたって。庭に目を向けると確かに花が綺麗に咲いていた。花たちが光をまとっている。目の錯覚じゃない。これってどういうことだ。魔法でも使えるのかあいつは。

「おーい、早く、早く。肉まん、肉まん、肉、まんまん」

 しかたがない奴だと思いつつキッチンへと急ぎ、並んで歩くグレンの背中に乗った人形に花のことを尋ねた。

「ああ、簡単なことだ。おいらは木の属性を持つからな。えっへん」

 胸を張ってドヤ顔してやがる。
 木の属性か。いまいち、よくわからない。
 料理本の御魂って話していなかったっけ。料理と木って関係あるのか。ああ、もう頭が混乱してきた。


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