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第一話 謎の鍵が示す先
【三十五】樹実渡は食いしん坊
しおりを挟む「おい、海苔はないのか」
「ごめん、ないんだ」
「うーむ、そうか。それに、小さくはないかこのおにぎり」
「そんなことはないだろう。樹実渡には丁度いいと思うけど」
「むむむ、で、なぜに塩だけなんだ。具はどうした」
「さっきから文句ばかりだな。ケチつけるなら食わなくたっていいんだぞ」
「いや、食べる。塩おにぎりもシンプルで美味いものだ。うんうん、確かにおいらには丁度いい大きさかもしれない。うまい、うまい」
樹実渡はおにぎりにかぶりつき頷いている。
美味しそうに食べる樹実渡を見ていると、なんだか癒される。不思議な存在だ。ありえない光景なのに、いつの間にか受け入れている自分がいた。
遼哉も塩おにぎりにかぶりつき、思った以上の美味しさに頬を緩ませた。
「本当に、美味いな。これ」
おにぎり作りの才能があるかもと思いつつ、樹実渡に話しかける。
「うん、うん。これは米が美味いんだな。いや、その炊飯器もいいのかも。いやいや、塩もかなり美味い」
「米と塩か。よくわからないけど、地元で作っている米を買ってみたんだけどいい米なのかもな。ちょっと値段が高ったし。炊飯器は貰い物だから、いいかどうかわかんないや。塩も貰い物だ。沖縄の塩だったかな」
樹実渡は唸って食べている。話を聞いているのかわからない。
「一粒一粒がいい感じにくっつきあって口の中でパラッとほぐれる。これは塩おにぎりで正解だ。おにぎりにはこの粘りが大事だからな。これなら冷めても美味いかもな。うまい、うまい。塩は沖縄のか」
独り言か。話しかけているわけじゃなさそうだ。ひとり頷きながら食べている。
「んっ、沖縄の塩だと」
樹実渡は急に顔をあげて、飛び跳ねたかと思ったらキッチンで大声をあげた。
「どうした」
「どうしたじゃない。粟国の塩じゃないか。おいらの好きな奴だ。こりゃ、美味いわけだ」
「有名なのか、それ」
「どうだろう。おいらの中ではトップテンに入る塩だけどな」
そうなのか。そんないい塩だとは思わなかった。
ふと上目遣いでみつめてくるグレンに気づき「あ、ごめん。おまえのご飯も用意しないとな」と頭を撫でた。
そうは言ったが、グレンのキャットフードはない。どうしたものか。
「おい、そいつのご飯なら気にしなくてもいいぞ。お隣さんでいつも食べてくるからな」
「お隣さんだって」
「ああ、そうだ。源蔵がそんなこと言っていた。もともと隣の家の猫だって。そいつにとってはこの家も隣の家も同じテリトリー内だから気にも留めていないのだろうけど。猫って面白いよな」
「なるほど。そうだったのか」
「外に出してやれば、勝手に隣で食ってくるはずだぞ」
そうは言っても、いいのかそれで。グレンの食費がかからなくて済むのは好都合だけど。
「ほら、出してくれって催促しているぞ」
樹実渡の言う通りグレンがいつの間にか玄関で待っていた。
まあいいか。引っ越しの挨拶もしていないしあとで行って話をしよう。
「グレン、いってらっしゃい」
玄関扉を開けてあげると、グレンは飛び出して行った。
グレンにとって自分はどう映っているのだろうか。飼い主だと思っているのか、遊び相手くらいにしか思っていないのか。もしかしたら、隣の家の人も自分もどっちも飼い主だと思っていないのかもしれない。
もしも言葉を話せたとしたら『おまえが寂しそうだから、ここにいてやっているんだぞ』なんて口にするかもしれない。遼哉は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
グレンの行く先を確認すると、樹実渡が言うように隣の家に向かっていた。
やっぱり、あいつは普通の猫だ。
グレンは猫又で何百年も生きている猫で食べなくても生きていられる。なんてことを期待していたのに。ありえないか。
でもなあ。あいつはどこか不思議な匂いがする。臭いとかいい匂いとかじゃなくて。そんな雰囲気があるというか。
なんて言ったらいいんだろう。
なんかグレンはすべてを理解しているって気がする。気のせいなのだろうか。普通の猫を装っているってことはないのだろうか。考え過ぎか。
踊る猫だ。普通の猫と言えるのだろうか。二足歩行で後ろ歩きもする。あれはびっくりして、たまたまそうなったのかもしれないが普通は二足歩行で後ろ歩きはしないだろう。ましてや踊るなんてことはない。
源じぃが踊らせていただけだろう。おかしなことを考えるのはやめよう。
あいつは普通の猫だ。それでいい。
「ああ、食った、食った。おかずが残り物のコロッケなのが残念だったけど。次はおいらが簡単レシピでも教えてやろう。しかも、金のかからないレシピだぞ」
「金のかからないレシピ。それはいいな。さすが料理本の御魂だな」
「えへへ。褒めても何も出てこないからな。嬉しいけど」
樹実渡は満面の笑みでテーブルの上で飛び跳ねていた。わかりやすい奴だ。樹実渡を見ていると、なんでもありって気がしてくる。不思議だけど、気持ちを穏やかにする力があるみたいだ。ヒーリング効果ってやつだろうか。
付喪神がいるのなら、猫又もいて欲しい。人を食わない優しい猫又ならの話だが。
「ところで、伴治さんってどんな人だ。知っているか」
樹実渡は飛び跳ねるのをやめて、胡坐をかき腕組みすると真面目な顔つきに変わった。
なんだ、聞いちゃいけないことを言ったか。そんなことはないはずだ。午後に伴治の家に行く予定だから、知っていることがあれば先に知っておきたい。
「伴治が昔持ってきた饅頭は美味かったな。また食えるかな。どう思う」
何だそれ。
もしかして、饅頭が食えるか真剣に考えていたのか。
「そんなこと知るか」
「そうか。まあ、そうだよな。あれはどこの店の饅頭かわかればいいのだが」
まったく仕方がない奴だ。樹実渡の頭の中は、食い物のことしかないのか。
「饅頭のことはいいから。伴治さんのことを教えてくれよ」
「ああ、そうだったな。面目ない」
樹実渡は大口を開けて笑い声をあげた。
思い白い奴だ。笑っている樹実渡を見ていたら、こっちまで笑いたくなってくる。
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