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第一話 謎の鍵が示す先
【三十七】火乃花、豹変モード?
しおりを挟むそろそろ小海が来る頃だ。
樹実渡は特製牛めしと饅頭、大福を食べて満足したのか鼾をかいている。なんて平和な光景だろう。起こすのも悪いし、そのまま鞄に入れてしまおう。樹実渡なら怒ることもないだろう。たぶん。
「遼哉、来たわよ」
近所にも響き渡るくらいの声音で小海が叫ぶ。近所迷惑だろう。
もうちょっとボリュームを下げればいいのにと思いつつ、玄関へと向かう。『うるさいぞ』と言ってやろうかと思ったがやめた。ハルに叱られている声が玄関扉越しに聞こえていたからだ。
扉を開けると、小海の隣のハルが笑顔でお辞儀をする。遼哉も慌てて「今日はよろしくお願いします」と頭を下げた。
「おまえが遼哉か。さぁ出陣だ」
突然の出陣との言葉に頭の中に疑問符が浮かぶ。
声の出所を探すと、キリッとした目をした巫女姿の人形が小海の肩の上に乗っていた。赤い衣装が映える美形の面差しをしている人形だ。この子が火乃花か。というか『出陣』って戦いにいくわけじゃないのに。何か勘違いしてないだろうか。樹実渡の話を思い出し、苦笑いを浮かべた。もしかしたら、豹変しているのかも。
「ほら、何をボケっとしている。流瀧のもとへ急ぐぞ」
ボケっとなんてしていないのに。まったく。
それにしても圧があるな。火乃花って女の子だよな。美男子じゃないよな。
「おい、その目は何だ。無礼者めが。か弱き乙女をジロジロ見るんじゃない」
「ごめん」
あまりもの迫力に謝ってしまった。正直、か弱き乙女には思えないけどな。
「わかればいい。さぁ出陣だ」
「火乃花ちゃん、そんなに急がなくても大丈夫よ」
小海が困り顔になって口を挟む。
「いやいや、急ぐべきだ」
火乃花は譲らない。凛とした雰囲気で今にも駆け出しそうだ。いったい何を勘違いしているのか。小海は火乃花にきちんと話をしたのか。
「騒がしいな、まったく」
鞄からひょっこり顔を出して叫ぶ樹実渡。
「騒がしいですって。どこのどいつよ」
「相変わらずだな。これから敵地に向かうわけじゃないだろう。まずは、うまいメシでも食べてだな」
そう言うなり、大欠伸をひとつした。
遼哉は呆れ顔で樹実渡をみつめた。『さっき食べたばかりだろう』と口にしそうになったがその言葉は呑み込む。
「おお、樹実渡。生きていたのか」
「大袈裟だな。けど、久しぶりに会えておいらも嬉しいよ」
火乃花は小海の肩から飛び跳ねて、鞄へと着地すると樹実渡に抱きついた。火乃花の目元にキラリと光るものが見えた。涙の再会だ。
樹実渡は「よせよ。苦しいぞ」と少し嫌がっているようでもあるが、喜んでいるようでもあった。照れ隠しだろうか。
人形の世界も人と変わりないのかも。
何を考えているのだろう。これはレアケースだ。おかしなことを考えるんじゃない。
人形は動かない。人とは違う。どうやら、樹実渡と出会って自分の中の普通がおかしくなっているようだ。けど、それはそれでいいのか。
楽しければ、すべてよし。それじゃダメだろうか。
「樹実渡、また一緒に活躍しようじゃないか」
火乃花は樹実渡の肩をバシバシ叩いて涙目のまま笑っている。
「痛い、痛い。わかったから、やめてくれ」
なんだか笑える。
火乃花と樹実渡の熱量がだいぶ違う。これは性格の問題か。
確か、火乃花は御伽草子の御魂だって話していた。火乃花の口ぶりからも態度からも納得出来る気がした。ふと一寸法師が思い浮かぶ。現実にいたらこんな感じなのかもしれない。いや、一寸法師はもっと静かだろうか。その前に一寸法師は男だ。
ふと遼哉は疑問を感じた。この二人は本の御魂だろう。人形の姿をしているけど、こいつらの元になる本はどこにあるのだろう。江戸時代の本ってことだろう。もしあるとしたら、価値があるのかも。一攫千金なんてことも。って何を考えている。源じぃの残した大切なものだ。違う、仲間か。売るなんて以ての外だ。
「ところで、遼哉。準備はいいの。伴治さんのところにもう行けるの」
小海の言葉に遼哉は我に返り、頷いた。
「樹実渡を連れて行けば、特に持っていくものもないから大丈夫だ。あっ、源じぃの手紙も持っていったほうがいいのか」
「そうね。思い出してよかったね。いつもだったら忘れたってなるところよね」
遼哉は頭を掻いて苦笑いを浮かべると、家の中に手紙を取りに行き玄関に戻った。
「もう忘れものはないわよね」
「ああ」
「でも、本当に不思議ね。人形が動くなんて。遼哉のところの人形も可愛い」
「そうだな。樹実渡は食いしん坊で金がかかりそうだけどな」
「えっ、食べるの? 人形が」
「ああ、すごいぞ。小海のところの赤い巫女さんは食べないのか」
そう口にしたとたんに、「おい、赤い巫女さんとはなんだ。私は火乃花だ。それに赤じゃないぞ。これは緋色だ。覚えておくことね」と目を吊り上げて憤慨している。
またしても「ごめん」と頭を下げた。
「わかればいい。まあ、今回だけは許してあげる。それよりも鬼退治よ」
鬼退治って。
伴治のことだろうか。そんなに怖い顔をしているのだろうか。そういうことじゃないのか。鬼のような心ってことか。会ったことがないからわからないけど、それは言い過ぎだろう。きっと。
「これ、火乃花。伴治さんは鬼ではありませんよ」
「けど、ハル。あの時の伴治はまさに鬼だった。人の話も聞かずに、怒りに囚われていた。鬼が心に住み着いた証だろう。違うのか。私にはそう見えたぞ」
腕組みして唸る火乃花。隣で「確かに」と頷く樹実渡。
「まあ、ある意味そうかもしれないねぇ。けど、今はもう鬼は住んでいないと思うんだけどねぇ。そう願いたいものだよ」
ハルは遠い目をして話していた。
遼哉はハルと火乃花と樹実渡をそれぞれ見遣り、なんとも不思議な光景だと思った。ありえないことのはずなのに普通に会話している。自分もそうだけど、みんな受け入れている。
「みんな、そろそろ行きましょう」
小海の声にハルも火乃花も樹実渡も頷いていた。
再び火乃花の「出陣だ」との声が響き渡る。
『だから、違うって』と心の中で遼哉は呟いた。
小海はクスッと笑いながら、ハルの手を引いてゆっくりと歩き出す。
遼哉は玄関扉の鍵を閉めて、鞄にいる樹実渡と火乃花に目を遣り「行くぞ」と声をかけた。二人の頷く姿が可愛らしい。
「宿敵、伴治待っていろよ」
そんな言葉が火乃花から飛び出して吹き出しそうになった。やっぱり勘違いしている。伴治は宿敵じゃない。樹実渡は苦々しく笑って、火乃花の言葉を訂正していた。
なんだか、これから魔王でも退治しに行くみたいだ。いや、魔王じゃなくて火乃花曰く鬼か。完全に火乃花に心を持っていかれている。この状況を楽しんでいる自分がいた。心が躍るってこういうことなんだなと遼哉は微笑んだ。
ただ、このまま伴治の家に行っていいのだろうか。大変なことになってしまうのではないか。
いきなり、伴治に攻撃する火乃花が目に浮かぶ。同時に、必死で引き止める樹実渡の姿も浮かぶ。
大丈夫だろうか。そうだ、確か伴治のところには流瀧がいるはず。きっと大丈夫だろう。
樹実渡と一緒に流瀧も火乃花を引き止めてくれるはずだ。
「いざ、出陣だ」
こりゃ、どうなることか。
遼哉は小海に近寄り「火乃花って、ずっとこうなのか」と小声で訊ねた。
「そうなの。伴治さんの名前出しただけでああなっちゃって」
なるほど。
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