本の御魂が舞い降りる

景綱

文字の大きさ
37 / 161
第一話 謎の鍵が示す先

【三十七】火乃花、豹変モード?

しおりを挟む

 そろそろ小海が来る頃だ。
 樹実渡は特製牛めしと饅頭、大福を食べて満足したのかいびきをかいている。なんて平和な光景だろう。起こすのも悪いし、そのままかばんに入れてしまおう。樹実渡なら怒ることもないだろう。たぶん。

「遼哉、来たわよ」

 近所にも響き渡るくらいの声音で小海が叫ぶ。近所迷惑だろう。
 もうちょっとボリュームを下げればいいのにと思いつつ、玄関へと向かう。『うるさいぞ』と言ってやろうかと思ったがやめた。ハルに叱られている声が玄関扉越しに聞こえていたからだ。

 扉を開けると、小海の隣のハルが笑顔でお辞儀をする。遼哉も慌てて「今日はよろしくお願いします」と頭を下げた。

「おまえが遼哉か。さぁ出陣だ」

 突然の出陣との言葉に頭の中に疑問符が浮かぶ。
 声の出所でどころを探すと、キリッとした目をした巫女姿の人形が小海の肩の上に乗っていた。赤い衣装が映える美形の面差おもざしをしている人形だ。この子が火乃花か。というか『出陣』って戦いにいくわけじゃないのに。何か勘違いしてないだろうか。樹実渡の話を思い出し、苦笑いを浮かべた。もしかしたら、豹変しているのかも。

「ほら、何をボケっとしている。流瀧のもとへ急ぐぞ」

 ボケっとなんてしていないのに。まったく。
 それにしても圧があるな。火乃花って女の子だよな。美男子じゃないよな。

「おい、その目は何だ。無礼者めが。か弱き乙女をジロジロ見るんじゃない」
「ごめん」

 あまりもの迫力に謝ってしまった。正直、か弱き乙女には思えないけどな。

「わかればいい。さぁ出陣だ」
「火乃花ちゃん、そんなに急がなくても大丈夫よ」

 小海が困り顔になって口を挟む。

「いやいや、急ぐべきだ」
 
 火乃花はゆずらない。りんとした雰囲気で今にも駆け出しそうだ。いったい何を勘違いしているのか。小海は火乃花にきちんと話をしたのか。

「騒がしいな、まったく」

 鞄からひょっこり顔を出して叫ぶ樹実渡。

「騒がしいですって。どこのどいつよ」
「相変わらずだな。これから敵地に向かうわけじゃないだろう。まずは、うまいメシでも食べてだな」

 そう言うなり、大欠伸をひとつした。
 遼哉は呆れ顔で樹実渡をみつめた。『さっき食べたばかりだろう』と口にしそうになったがその言葉は呑み込む。

「おお、樹実渡。生きていたのか」
「大袈裟だな。けど、久しぶりに会えておいらも嬉しいよ」

 火乃花は小海の肩から飛び跳ねて、鞄へと着地すると樹実渡に抱きついた。火乃花の目元にキラリと光るものが見えた。涙の再会だ。
 樹実渡は「よせよ。苦しいぞ」と少し嫌がっているようでもあるが、喜んでいるようでもあった。照れ隠しだろうか。

 人形の世界も人と変わりないのかも。
 何を考えているのだろう。これはレアケースだ。おかしなことを考えるんじゃない。

 人形は動かない。人とは違う。どうやら、樹実渡と出会って自分の中の普通がおかしくなっているようだ。けど、それはそれでいいのか。
 楽しければ、すべてよし。それじゃダメだろうか。

「樹実渡、また一緒に活躍しようじゃないか」

 火乃花は樹実渡の肩をバシバシ叩いて涙目のまま笑っている。

「痛い、痛い。わかったから、やめてくれ」

 なんだか笑える。
 火乃花と樹実渡の熱量がだいぶ違う。これは性格の問題か。
 確か、火乃花は御伽草子の御魂だって話していた。火乃花の口ぶりからも態度からも納得出来る気がした。ふと一寸法師が思い浮かぶ。現実にいたらこんな感じなのかもしれない。いや、一寸法師はもっと静かだろうか。その前に一寸法師は男だ。

 ふと遼哉は疑問を感じた。この二人は本の御魂だろう。人形の姿をしているけど、こいつらの元になる本はどこにあるのだろう。江戸時代の本ってことだろう。もしあるとしたら、価値があるのかも。一攫千金いっかくせんきんなんてことも。って何を考えている。源じぃの残した大切なものだ。違う、仲間か。売るなんてもってのほかだ。

「ところで、遼哉。準備はいいの。伴治さんのところにもう行けるの」

 小海の言葉に遼哉は我に返り、頷いた。

「樹実渡を連れて行けば、特に持っていくものもないから大丈夫だ。あっ、源じぃの手紙も持っていったほうがいいのか」
「そうね。思い出してよかったね。いつもだったら忘れたってなるところよね」

 遼哉は頭を掻いて苦笑いを浮かべると、家の中に手紙を取りに行き玄関に戻った。

「もう忘れものはないわよね」
「ああ」
「でも、本当に不思議ね。人形が動くなんて。遼哉のところの人形も可愛い」
「そうだな。樹実渡は食いしん坊で金がかかりそうだけどな」
「えっ、食べるの? 人形が」
「ああ、すごいぞ。小海のところの赤い巫女さんは食べないのか」

 そう口にしたとたんに、「おい、赤い巫女さんとはなんだ。私は火乃花だ。それに赤じゃないぞ。これは緋色だ。覚えておくことね」と目を吊り上げて憤慨ふんがいしている。
 またしても「ごめん」と頭を下げた。

「わかればいい。まあ、今回だけは許してあげる。それよりも鬼退治よ」

 鬼退治って。
 伴治のことだろうか。そんなに怖い顔をしているのだろうか。そういうことじゃないのか。鬼のような心ってことか。会ったことがないからわからないけど、それは言い過ぎだろう。きっと。

「これ、火乃花。伴治さんは鬼ではありませんよ」
「けど、ハル。あの時の伴治はまさに鬼だった。人の話も聞かずに、怒りに囚われていた。鬼が心に住み着いたあかしだろう。違うのか。私にはそう見えたぞ」

 腕組みしてうなる火乃花。隣で「確かに」と頷く樹実渡。

「まあ、ある意味そうかもしれないねぇ。けど、今はもう鬼は住んでいないと思うんだけどねぇ。そう願いたいものだよ」

 ハルは遠い目をして話していた。
 遼哉はハルと火乃花と樹実渡をそれぞれ見遣り、なんとも不思議な光景だと思った。ありえないことのはずなのに普通に会話している。自分もそうだけど、みんな受け入れている。

「みんな、そろそろ行きましょう」

 小海の声にハルも火乃花も樹実渡も頷いていた。
 再び火乃花の「出陣だ」との声が響き渡る。
『だから、違うって』と心の中で遼哉は呟いた。

 小海はクスッと笑いながら、ハルの手を引いてゆっくりと歩き出す。
 遼哉は玄関扉の鍵を閉めて、鞄にいる樹実渡と火乃花に目を遣り「行くぞ」と声をかけた。二人の頷く姿が可愛らしい。

「宿敵、伴治待っていろよ」

 そんな言葉が火乃花から飛び出して吹き出しそうになった。やっぱり勘違いしている。伴治は宿敵じゃない。樹実渡は苦々しく笑って、火乃花の言葉を訂正していた。

 なんだか、これから魔王でも退治しに行くみたいだ。いや、魔王じゃなくて火乃花いわく鬼か。完全に火乃花に心を持っていかれている。この状況を楽しんでいる自分がいた。心が躍るってこういうことなんだなと遼哉は微笑んだ。

 ただ、このまま伴治の家に行っていいのだろうか。大変なことになってしまうのではないか。
 いきなり、伴治に攻撃する火乃花が目に浮かぶ。同時に、必死で引き止める樹実渡の姿も浮かぶ。
 大丈夫だろうか。そうだ、確か伴治のところには流瀧がいるはず。きっと大丈夫だろう。
樹実渡と一緒に流瀧も火乃花を引き止めてくれるはずだ。

「いざ、出陣だ」

 こりゃ、どうなることか。
 遼哉は小海に近寄り「火乃花って、ずっとこうなのか」と小声で訊ねた。

「そうなの。伴治さんの名前出しただけでああなっちゃって」

 なるほど。


しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...