本の御魂が舞い降りる

景綱

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第一話 謎の鍵が示す先

【三十八】流瀧登場

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 新島伴治にいじまはんじとの表札を目にした瞬間、心臓の鼓動が速まり遼哉は深呼吸をした。
 大丈夫。落ち着け。うまくいく。
 源じぃの頼みだ。気合を入れて頑張らなきゃ。
 ああ、なんだか余計緊張してきた。これも火乃花のせいかも。

 伴治=鬼の図式が頭の中にこびりついている。どうしても身構えてしまう。これは鬼退治ではない。話し合いだ。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 なんども心の中で繰り返して、もう一度深呼吸をする。

 ダメだ、なんか嫌な予感しかしない。火乃花が静かにしていることが最悪な事態を予兆しているのではないかと思ってしまう。杞憂きゆうだろうか。

「遼哉、大丈夫。なんか顔色悪くない」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
「そう、ならいいけど」

 小海が心配するほど、顔色が悪いのだろうか。いやいや、大丈夫だ。

「それじゃ、行こうかね」

 小海はハルに頷き、ドアベルを鳴らした。
 少しの間があり、かすれた声とともに扉が開く。

 うわっ、鬼だ。

 遼哉は叫びそうになってその言葉をなんとか呑み込んだ。火乃花が鬼だと言うわけがなんとなくわかった。

「伴治、成敗してくれる」
「うわっ、これやめないか」

 しまった。予想していたのに止められなかった。
 火乃花が伴治の足を何度も何度も踏んづけたり蹴ったりしている。伴治は後退りして尻餅をついていた。
 んっ、踏んづけて蹴っているだけか。あまり痛くなさそうだ。
 そんなんで成敗は出来ないだろう。思っていたものと違った。かわいいものだ。いやいや、そういう問題じゃない。早く止めなくては。

「火乃花、やめなさい」

 ハルの叱責しっせきに火乃花は動きを止める。樹実渡も火乃花の手を取って、頭を振っていた。

「なぜ、とめる。伴治は鬼だろう」

 納得いっていない火乃花の顔がそこにあった。

「違う、違う。顔は怖いけど違うぞ」

 やっぱり火乃花は攻撃してしまったか。可愛いらしい攻撃だけど。本気ではなかったのだろうかとも思える攻撃だった。実際のところはわからない。

 樹実渡がしっかりと腕を掴んで引き止めているが、放っておいたらどうなっていたのだろう。あの小さな身体で足を踏んづけたり蹴ったりするくらいなら怪我を負わせることもないが、攻撃がエスカレートしていく可能性だってあったのかもしれない。

 すぐにハルは伴治に頭を下げて、小海とともに立たせてあげていた。遼哉は動けずにいたが、小海に促されて手を貸した。

「大丈夫だ。驚いただけだから」

 伴治は怒りもせずに、「私が悪いのだから、仕方がない」とも口にした。
 火乃花は、それでもキツイ眼つきで伴治の様子を窺っていた。

「鬼はいない。大丈夫だ。火乃花、よく見てみろ」
「いや、あれはどう見ても鬼だ。私の目がおかしいというのか」

 樹実渡と火乃花の会話が聞こえてくる。
 確かに、見た目は鬼みたいに怖い顔だ。失礼なことを考えてしまった。きっと心根は優しい人だ。怒りもせず謝ってくるくらいだから。源じぃは見る目はあるはずだ。友であったのだから、誤解が解ければうまく事が収まるだろう。

「相変わらずですね。考え無しで行動するとは無鉄砲ですよ。何度言えばわかるのでしょうね」

 奥から落ち着いた声とともに小さな影が現れた。
 もしかして、あれが流瀧か。
 端正な顔立ちで確かに賢そうだ。青い水干姿がよく似合っている。いや、青じゃなくあい色か。

「なによ、久しぶりなのに私のことを侮辱ぶじょくするなんて。最低ね。私だって本気で成敗しようだなんて思っていないわよ。本気だったら火あぶりの刑よ。あーあ、流瀧に会うの楽しみにしていたのに、馬鹿」

 火乃花は文句を言いつつも流瀧に抱きついた。またしても涙がキラリと光る。
 気のせいだろうか。火乃花の話し方が少し柔らかくなったような。豹変モード解除か。というか豹変していたわけでもないのか。本気じゃなかったようだし。

「な、なにをするのです。女子がそのようなことをしてはいけません。道徳にも反します」
「もう、流瀧は頭が固すぎよ。久しぶりに会ったんだからいいの。ね、樹実渡もそう思うでしょ」
「どうだろう。おいらはよくわかんないや」
「わかりました。けど、もうそのくらいにしてください。僕も再会できて嬉しいですから」

 流瀧は火乃花の肩に触れてゆっくりと身体を押して離した。なんとなく流瀧の顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。

「火乃花、即行動ではなく考えてから行動ですからね」
「もう、そればっかり。いい雰囲気が台無しじゃない。いくら頭脳明晰でも女心はわからないのね。馬鹿、流瀧」
「いけませんね。『馬鹿』と何度も言うものではありませんよ」
「はい、はい。そうですか」
「返事は一回です」
「はーーーーーい」
「間延びする返事もいけません」
「二人とも、それくらいにしておこうよ。せっかくの再会だし楽しまなきゃ。それに今日は祝宴しゅくえんしなきゃな。な、そうだろう。美味しいもの食べれば幸せになれるってもんだろう」
「樹実渡ったら。けど、そうね」
「一理ありますね」

 なんだかんだ言って仲がいいみたいだ。
 本の御魂三人衆がこれでそろったわけだ。なんだか心が弾む。

 遼哉は伴治に肩を貸して奥の部屋へと向かった。
 反対側にはハルと小海が付き添っている。足元には三人衆がついて来ている。まだなにやら話しているみたいだ。

 ここに、源じぃがいれば勢揃いなのだろうけど。そう思ったら、グレンが足元に擦り寄ってきた。いつの間に。ずっとついてきていたのだろうか。

 もしかして、源じぃもどこかにいるのではないだろうか。そんな気がしてきた。
 いないのか。
 少しばかり残念な気持ちが膨らみ、小さく息を吐く。

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