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第二話 悲しき本の声
【三】小海と朋美、そして火乃花
しおりを挟む新島朋美は三年二組。隣のクラスだ。
早いところ朋美と話さなきゃ。強面の伴治を思い出してひとり頷く。顔は怖くても優しい人だ。きっと。孫を思うあのときの顔はそう見えた。
小海は時計を確認して、弁当を急いで食べた。昼休みが終わる前に隣のクラスへ行こう。
うっ。
胸を叩き、喉に詰まりそうになったごはんを呑み込む。危ない、危ない。ごはんを詰まらせて窒息だなんて洒落にもならない。
無糖の紅茶を流し込み、一息つく。
よし、行こう。火乃花じゃないけど、出陣って気分だ。戦うわけじゃないのに。
空になった弁当箱を鞄にしまい、席を立つ。
いるかな。
小海は隣のクラスに向かうと覗き込み、朋美を探す。えっと、わからない。顔を知らなかった。何をしているんだろう。
誰かに訊かなきゃ。
タイミングよく教室を出ようとしていた女子生徒に声をかけた。
「あの、新島朋美さんはいるかな」
「えっ、朋美。えっと、あれ、おかしいな」
教室内を見回してくれたがみつからないようだ。
「ごめん、いないみたい」
いないのか。どうしよう。放課後にでもまた来ればいいか。
「ありがとう。いないなら、またあとで来てみる」
「あっ、待って。もしかしたら図書室かも。行ってみたら」
「図書室か。わかった、行ってみる。ありがとうね」」
知美は本好きらしく、図書室にいることが多いらしい。これはいい情報を聞いた。
本好きなのか。遼哉も確か本は好きだったはず。自分はダメだ。すぐに眠くなってしまう。眠れないときの睡眠薬代わりが読書だ。それは読書って言えないか。
本か。想像しただけで拒否反応が出てしまう。
本当に読書する人って尊敬しちゃう。どうして自分はダメなんだろう。
読書=勉強のフラグが立つせいかも。だから拒否反応で眠くなるってことか。授業中
眠くなるのと一緒か。
遼哉は違う。読書は映画鑑賞とか音楽鑑賞とかと一緒で、面白いし楽しいから読むって話していた。勉強だなんて思ったことはないとも言っていた。そういうものなのかな。
「おーい、小海」
えっ、誰。
後ろを振り返ったが誰もいなかった。空耳じゃないと思う。小海は小首を傾げてもう一度あたりに目を向けた。おかしい。
「こっち、こっち」
えっ、どこ。
声のするほうを見遣ると、窓の外から火乃花が手を振っていた。
嘘、来ちゃったの。
誰かに見られたら大変。小海はあたりを警戒しつつ、窓を開けて火乃花を引き入れて制服のポケットに忍ばせた。
「ダメじゃない。みつかったら大変なことになるわよ」
「大変って。そんなことないでしょ。大丈夫じゃないの」
ダメだこりゃ。
流瀧に止められていたはずなのに、忘れてしまったのだろうか。
まずい。誰か来る。
廊下の向こうから足音が近づくことに気づき、小海は口に人差指をあてて火乃花に静かにと促した。早いところ図書室に向かわなきゃ。
図書室に行くのはいいけど、火乃花は黙っていられるだろうか。帰らせるべきか。
今は向こうから来る人が行くまで火乃花が口を閉じてくれることを祈るだけだ。
やって来たのは、日本史の鎌ヶ谷先生だった。
ドキドキしながら、軽くお辞儀をしてその場をやり過ごす。
何か言われるかとひやひやしたが、鎌ヶ谷先生は通り過ぎていった。火乃花のことは見られていなかったようだ。ホッと胸を撫で下ろすと息を吐く。
「火乃花、お願いだから早く帰ってね」とポケットの中の火乃花に言い聞かせると、窓の外へ出して図書室へと小走りで向かう。
チラッと窓に目を向けると、火乃花の姿は消えていた。わかってくれたようだ。
***
図書室に着き、当たりを見回す。朋美はどこにいるのだろう。そうだ、朋美の顔を知らなかったんだ。
考えなしに来てしまった。
すぐに、なんとかなるかと小海は図書室内をもう一度見回した。
女子生徒は本棚の間に一人、二人、三人。席に座り文庫本を読んでいる人が一人、雑誌のあるところに一人。五人か。思ったよりも少なくて助かった。
この五人だったら文庫本を読んでいる女子がおそらく朋美だろう。雑誌を読みには来ないはず。本棚の間の三人は、なにやら小声で話をしている。本を読みに来たようには思えない。消去法でいけば、該当者は一人だ。
我ながらいい推理だ。なんて誰でもわかるか。
本好きなら、本を読みにくる以外図書室に来る理由はない。
「ねぇ、もう出ていいでしょ。息が詰まっちゃうわよ」
えっ、嘘でしょ。
いつの間に、ポケットに戻ったの。
小海はポケットから少し顔を覗かせている火乃花を奥へと押し込んで「どうしているの。ああ、もう。とにかく、今はお願いだから静かにして」とだけ囁いた。
火乃花はちょっと不満そうな顔つきをしていたが聞き入れてくれた。
今は朋美と話そう。火乃花に構っていられない。
深呼吸をひとつして、文庫本を読む女子に近づいていく。
もし、朋美じゃなかったらどうしよう。との思いもあったが、そのときは適当に誤魔化せばいいか。
「あの、すみません。新島朋美さんですか」
本から目を離してこっちへキョトンとした顔を向ける。人違いだったろうか。
「あの、朋美さんじゃなかったかな」
「あっ、はい。そうですけど、何か?」
「よかった。人違いかと思っちゃった」
小海は小さく息を吐き、目尻を下げた。
その声に朋美が人差し指を口元に持っていった。しまった、少し声が大きかったか。図書室は静かにしなきゃ。
「あの、ところで何の用事ですか」
小声で話す朋美はちょっと不安そうだ。
「実はね」
小海は、ここまで来ておいてなんて話をしたらいいのかわからなくなった。朋美の祖父に頼まれて来たとは言えない。それとなく話してみるって言ったのに。まったく何をしているのだろう。もっと考えてから行動すればよかった。
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