本の御魂が舞い降りる

景綱

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第二話 悲しき本の声

【八】まさか、そんなことって

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 空耳じゃない。今、『待って』って聞こえた。
 きびすを返して部屋に戻ると、朋美が起き上がってみつめてきた。

「今、本って言ったの」
「そう、『虹鳥』って本を拾ったの。もしかしたらと思って持ってきたんだけど、違ったかな」

 小海は、朋美の母から『虹鳥』の本を受け取って見せた。

「よかった。それ探していたの。やっぱり学校で落としたのね」

 朋美は安堵している様子だった。余程大切な本だったのだろう。
 小声で火乃花が「本も喜んでいる」と呟いた。本が喜ぶだなんて、そんなことあるのだろうかと思いつつ朋美に本を手渡した。

 朋美は涙を流していた。泣くのは大袈裟だろう。
 なぜか、朋美の涙に釘付けになった。なんだか綺麗。なんでそんなこと思うんだろう。大袈裟じゃない気がしてきた。

 きっと、涙には何かしらの理由があるんだろう。
 持ってきてよかった。
 もしかして、本を紛失して体調が悪くなったのだろうか。

「そんなに大切な本だったの」

 涙を拭って頷く朋美。

「これは美里がくれた本なの。私、小学生のときいじめられていて。美里が助けてくれて、そのときこの本をくれたの。この物語も私と同じような境遇な子がいてね。美里のように助けてくれる子も出て来るの。私も頑張らなきゃって思えるの。なのに、なのに……」

 朋美は大粒の涙をこぼして再び泣きはじめてしまった。
 何があったのだろうか。それが何なのかはわからない。美里が何かしら関係しているのは間違いなさそうだ。

「鬼だ。やっぱりあいつは鬼になってしまったんだ。鬼退治だ」

 火乃花の声が耳に届く。
 また鬼だなんて。
 あいつって美里のことを言っているのだろう。火乃花には何か感じるものがあるに違いない。理由はわからないけど、あながち間違っていないのかもしれない。

「ねぇ、今何か言った?」
「えっ、何も」

 小海はチラッとポケットに目を向けて、火乃花に静かにと目で訴えかけた。

「何、なんか文句でもあるの」

 火乃花には伝わらなかったようだ。さっきよりも大きな声でしゃべってしまった。
 朋美はポケットのあたりをみつめている。

「もしかして。誰か、そこにいるの」
「えっ、な、なんのこと」

 どうにか誤魔化さなきゃ。何か話しを逸らさなきゃ。
 気持ちだけが焦っていく。どう考えたって誤魔化すのは無理だ。しっかりと声が聞えているはずだ。気づかないほうがおかしい。やっぱり話すしかないのか。どう説明すればいいのだろう。
 バレてもいいと思ったけど、体調が悪い今教えるのはどうなのだろう。

「大丈夫よ。私、たぶん知っている。信じていなかったけど。小さい頃、お祖父ちゃんが話してくれたこと思い出したの。本も読んだわ。タイトルは忘れてしまったけど」
「おっ、そうなのか。覚えているとは嬉しい」

 火乃花は歓喜の声とともに、ポケットから飛び出してしまった。
 ああ、やっちゃった。

「可愛い」
「なーに、それほどでもないわよ」

 何を照れているの。まったくしかたがないな。朋美の顔を見ると笑顔だった。
 本当に朋美は大丈夫そうだ。

 確かに、伴治から聞いていてもおかしくはない。そうだとしても、そんなに簡単に受け入れられるだろうか。そう思ったが、自分も意外とあっさり受け入れていた。遼哉もそうだ。

 なんでだろう。非現実的なことに免疫があるのだろうか。
 子供の頃に自分も聞いていたのだろうか。出会っていた可能性もあるのか。忘れているだけで。今は、そんな場合じゃなかった。

 朋美の涙する原因を解消してあげなきゃ。何か隠しているのは間違いない。話してくれないのだろうか。火乃花のことは問題なさそうだけど、どう話を切り出せばよいのやら。
 ああ、どうしよう。

 火乃花みたいに訊きたいことをズバッと言ってしまおうか。
 ハル祖母ちゃんだったら、うまく聞き出せそうな気もする。遼哉だったらどうするだろう。今は、自分しかいないのだからどうにかしなきゃ。

 そういえば、遼哉に連絡とっていない。ひとりで突っ走ってなんて怒られるだろうか。怒りはしなか。遼哉は優しいから。

「そうか、そうか。うれしいな。私たちの大活躍する物語を読んだなんて。朋美は良い奴だ。あれは『本の御魂』って本だぞ。鬼退治のシーンは格好良かっただろう。いざ出陣。なんてね」

 火乃花は嬉しそうに話をしている。
 火乃花って単純だ。朋美も涙していたことが嘘のように笑顔になっている。少しは火乃花の存在が役立っているってことか。

「あの、楽しんでいるところ悪いんだけど。朋美さんは、何か悩んでいたりしないかな。美里さんのこととかで」

 小海は思い切って、単刀直入に訊いてみた。質問が直球過ぎただろうか。朋美が暗い顔に戻ってしまった。

「あいつだろう。鬼がお前を苦しめているのだろう。私が退治してやる。任せろ」
「もう、火乃花は黙っていて。美里は鬼なんかじゃないわよ」

 朋美の瞳がまたしてもうるみ始めている。どうしよう。直球過ぎただろうか。

「ほらみろ。やっぱりあいつが鬼なんだ。名前を聞いて怖くなったんだ。そうなのだろう」
「そうなの」

 小海の問いに朋美は答えなかった。その代わり「ごめんなさい。もう帰って」と呟いた。
 火乃花の話が正解なのだろうか。そんなことってあるのか疑問だが、ここは帰るしかない。もうちょっとオブラートに包んで訊くべきだったか。

「それじゃ、帰るね。変なこと訊いてごめんね」

 帰ろうと回れ右した先で、朋美の母が硬直していた。忘れていた。朋美の母もいたんだった。そりゃ驚くだろう。火乃花を見たら。
 どうしよう。

「あの」
「えっ」

 ここは何も触れないことにしよう。

「あの、帰りますね」
「ああ、そうなの。今日は来てくれて、ありがとうね」

 見間違いだと思ってくれたらいいけど、無理だろうか。
 小海はお辞儀をして朋美の家をあとにした。


***


 帰り道、火乃花はずっと「鬼退治だ」と叫んでいた。
 静かにと言っているのに。鬼のはずはない。美里のことをよく知らないけど、鬼だなんてことがあるはずがない。そう思いたい。だって、いじめから救ってくれたと朋美が話していたじゃないか。そんな子が鬼になんて。

 そう思いつつも、どこかで美里の心が鬼になっているのではないかとの思いも募っていった。
 朋美の涙を見たからそう思わせるのかもしれない。

「鬼を成敗するのよ」

 その声に反応したのかどこかの家から犬が吠えはじめた。

「火乃花、静かに。犬もうるさいって騒いでいるわよ」
「ふん、そんなこと言っていないわよ。犬も『そうだ。鬼退治だ』って同意してくれたのよ。犬は桃太郎と一緒に鬼退治に行っているんだから。知らないの」

 そうですか。否定するのも馬鹿馬鹿しく思えて無視をした。鬼退治はさておき、朋美の悩み事をどうにかしてやらないといけない。
 どうすればいいのか。何を悩んでいるのかさえわからないからどうしようもないか。

「うわっ」

 突然鳴ったスマホの着信音とバイブレーションにビクついてしまった。
 遼哉からのメールだ。

『連絡がないから小海の家に来たけど、どこにいるんだ』というものだった。グッドタイミングだ。遼哉と話したいと思っていたところだ。

「あいつは絶対に鬼だ。私の炎で焼き尽くしてやる」
「ダメ、火乃花。美里は鬼じゃなくて人間よ。炎で焼き尽くすなんて、やっちゃダメ」
「いや、あいつは間違いなく鬼だ。炎で浄化させねばならない」

 火乃花ったら。もう、どうしたらいいの。
 美里が鬼だなんて。まさか。でも……。

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