本の御魂が舞い降りる

景綱

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第四話 消えた挿絵

【四】消えた風狸の挿絵

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「佐久間さん、それで妖怪の挿絵が消えたって本はどこにあるんですか」
「奥の自宅に。ただ、その本は売り物ではないんですよ。楠野宮輝子くすのみやてるこさんが持っていた妖怪の登場する子供向けの本なんですよ」
「楠野宮さん、ですか」
「はい。源蔵さんが親身になって手助けしていた人なんですけどね。母一人子一人の母子家庭でいろいろ苦労された方なんですよ」

 そんな人がいたのか。
 源じぃが親身に。まさか不倫とか。いやいや、源じぃに限ってそれはないか。いや、あるのか。
 いつの話かによるか。

 ハルのことがふと頭に浮かぶ。三角関係だったなんてことは……。祖母も入れたら四角関係ってことも。
 考え過ぎか。どうなのだろう。どうにも気にかかる。
 そこははっきりさせておきたい。ごくりと唾を呑み込み、佐久間に目を向ける。

「あの、源じぃ。いや、祖父とその方は……。その、どういう関係だったんでしょうか」
「えっ、関係ですか」
「ちょっとまさか、不倫。嫌だ、源蔵、最低。炎で焼き尽くして……。あっ、源蔵はもうあの世だった」

 火乃花も同じことを考えていたようで、ふくれっ面をして憤慨ふんがいしている。

「違います、違います。そんなじゃないですよ。輝子は私の従妹いとこでね。ここに遊びに来ていた時に源蔵さんと知り合ったんですよ。何もやましいことはありませんよ」

 佐久間は慌てた顔をして手を振り否定した。

「そうなんですね」

 そうだよなあ。源じぃが不倫なんてするわけがない。一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。

「そうよ、そうよ。そんなことわかっていた。本当に遼哉は酷いんだから」

 火乃花は目を合すことなく、すねをポンと蹴りつけてきた。

「火乃花もですよ。早とちりもいいところです」

 流瀧の言葉に樹実渡が「火乃花らしいけど」と笑みを浮かべながら呟いた。
 遼哉は脛を擦りながら、苦笑いを浮かべた。

「なによ、もう。どうせ、私が悪いんでしょ。ごめんなさい」
「謝るんなら、源蔵にですよ」
「そうね。源蔵、ごめんなさい」

 火乃花は見上げて叫んでいた。
 自分もだ。遼哉は心の中で「ごめん。源じぃ」と謝った。

 佐久間は優しい顔をして流瀧、樹実渡、火乃花をみつめている。
 そうだ、ほのぼのしている場合じゃない。

「あの、それで本のことなんですが」

 佐久間は一旦奥へ行き、古そうな本を持ってきた。
 挿絵が消えた本は、今でも大切されていたようだ。そこまで大切にされると源じぃも嬉しいだろう。どこかで話を聞いてくれていたらいいのだが。


***


 要するに、消えてしまって怖くなり佐久間に相談したということか。
 今、この本は娘の凛子りんこから娘へ、孫娘へと渡されて大切にしているみたいだ。

 孫娘か。一冊の本が代々受け伝えられていくってなんかいい。
 佐久間の話によると、どうやら輝子の娘の凛子は入院してしまったらしい。娘の翔子しょうこが看病していて、孫娘のあおいをここに預けて行っているようだ。凛子の旦那は早くに病死しているとのこと。女系家族のようだ。

 遼哉は楠野宮家の家族構成を頭の中で整理した。
 んっ、家族構成はどうでもいいのか。解決するべきは、挿絵のこと。

 えっと、相談してきたのは翔子。いや、葵か。
 どうせなら、本人に訊きたい。翔子か、葵かどちらかに。

 今日もそのうち来るだろうと佐久間は話した。
 本の内容はというと妖怪とともに旅をする主人公の話だった。風狸ふうりというあまり知らない妖怪を登場させている。だが、話の展開からして風狸は適任なのかもしれない。不死身に近い妖怪だから。なかなか強そうだ。敵に回したら厄介やっかいだろうけど、この話では心強い味方だ。愛すべき存在になっている。

 遼哉は風狸のことが気になり持ってきていた携帯版の日本妖怪大事典を取り出して確認した。



『風狸』とは。
 狸か川獺かわうそくらいの大きさで、小さな猿に似ている。目が赤く、尾は短い。色は青黄で黒っぽく、ひょうのような文様がある。

 昼は動かず、夜は風に乗じて岩や木を鳥が飛ぶように素早く飛ぶ。
 網で捕らえると、恥ずかしがるような素振りをして叩頭こうとうしてあわれれみをうようにする。

 打ち叩くとたちまち死ぬが、口に風を受けると生き返る。骨や脳を砕いておけば生き返ることはない。一説には、刀で斬っても刃が通らず、火で焼いても焦げず、打っても革袋のようで手応えがない。鉄で頭を砕いても風が吹けば生き返る。ただ、石菖蒲せきしょうぶで鼻をふさげば死ぬという。



 遼哉は風狸の説明文を読み、頷いた。なるほど、なかなか興味深い妖怪だ。
 佐久間は消えた妖怪の挿絵のページを開いて見せてくれた。

 確かに、風狸が描かれていただろう箇所だけが切り取られたかのように真っ白になっていた。風狸以外の背景は残っているのに。不思議な光景だ。

 いったいどこへ消えたのか。
 おそらく挿絵に命が吹き込まれたのだろう。本の御魂三人衆のように。この三人がいなかったら、こんな考えはしなかっただろう。

「こんにちは」

 入り口付近からの声に振り返ると、女の子と手を繋いでお辞儀をしてくる女性の姿があった。

「あっ、いらっしゃい。翔子ちゃんに葵ちゃん」

***


(*『風狸』の説明文は、角川文庫『日本妖怪大事典』より引用)


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