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第四話 消えた挿絵
【二十】凛子の料理
しおりを挟むはたして、女神様のお眼鏡にかなうだろうか。
凛子は用意された食材を確認しつつ何を作るかと思案している。大丈夫だろうか。
なんだか緊張してきた。ドキドキが止まらない。ないはずの心臓が痛い。
源蔵は固唾を呑んで凛子の様子を見守った。今度は風狸も本の御魂三人衆も手出しをするつもりはないようだ。というか、風狸も本の御魂三人衆もやれることはないと判断したのだろう。
凛子の手際はよく次から次へと料理が出来上がっていく。良い香りに腹の虫が騒ぎ出しそうだ。
食いしん坊の樹実渡は落ち着きなくその場を行ったり来たりしている。食べたいけど、女神様への料理だからと我慢しているのだろう。
火乃花も流瀧もおそらく同じなのだろう。風狸もかもしれない。
正直、自分も同じ気持ちだ。
食べたいし、心配だし、大丈夫だとも思える。
気持ちがぐちゃぐちゃだ。
「女神様、出来上がりました」
何、もう出来たのか。早い。おお、こりゃ美味そうだ。
大根の味噌汁、ブリの照り焼き、人参とレンコンのきんぴら、きゅうりとワカメの酢の物、かやくご飯だった。かやくご飯には鶏肉、人参、ごぼう、こんにゃく、椎茸、油揚げ、きぬさやが入っていた。
これは食欲を誘う堪らない匂いだ。一口でもいいからお裾分けしてほしいものだ。足元にいる樹実渡はよだれを垂らして慌てて拭っていた。
「ほほう、素晴らしい。やはり和食はいいですね」
女神様は大根の味噌汁を一口飲み、頬を緩ませていた。
「いい出汁が出ていますね」
次にかやくご飯も一口食べた。
「絶品ですね」
これは好感触だ。
酢の物、ブリの照り焼き、きんぴらも口に運んでいく。女神様は最後にお茶を呑みほして小さく息を吐き出した。
「合格です。凛子とやらに任せることにしましょう」
合格。本当に。やけにあっさり決まったような。
考え過ぎか。それだけ凛子の料理が美味かったってことだろう。きっと、そうだ。けど、本当にこれでいいのだろうか。
このままでは生まれ変わることが出来ないのではないだろうか。ずっと天上界にいるようにと言われたらどうする。それにグレンはどうなっているのだろうか。
樹実渡だって気にしているはずだ。そう思ったのだが、樹実渡が口にしたのは「あの、おいらもそれ食べたい」だった。
おかずはないが、大根の味噌汁とかやくご飯はまだ残っていた。
「失礼ですよ」と流瀧に袖を引っ張られても樹実渡は引き下がらなかった。
「ダメかな、女神様」
「本当にそなたは面白いですね。食べたければ食べればいい」
「やったー」
樹実渡はおたまで味噌汁を掬い上げてそのまま一口飲む。続けて、かやくご飯も手掴みで一口パクリ。
「美味い。胃が喜んでいるぞ」
まったく仕方がない奴だ。そう思っていたら火乃花まで同じように食べ始めていた。
「本当に、最高。凛子は、店を開けるね」
隣で樹実渡も頷いている。
「二人ともいい加減にしなさい。本当にすみません女神様」
流瀧は膝をつき頭を下げている。
「いいのですよ。気にしませんから」
女神様は笑みを浮かべている。神様とは皆こうなのだろうか。ならば、天罰が落ちるとかって嘘なのだろうか。嘘ではないか。時と場合によるのかもしれない。
きっと悪行を働いた者には天罰はあるのだろう。樹実渡や火乃花のようなレベルの失礼さでは気にはならないのかもしれない。
「お優しいのですね」
「優しいわけではないですよ。この者たちの振る舞いは確かによい行いとは言えないです。けれども、裏表がなくていいではないですか。違いますか。まあ、私に仕えている者たちにみつかれば無礼者と何かしらの代償を払わされるでしょうけど」
なるほど、そういうものかもしれない。神様をお守りする立場の者のほうが厳しくあるのだろう。
「あっ、そうだ。女神様、猫のグレンを知らないか」
樹実渡が思いだしたように訊ねた。
「猫ですか」
「そうだ、おいらの大切な相棒なんだ。灰色の賢い奴だ」
「ああ、あの猫ですね。なにやら粗相をしたとか」
「ま、まさか地獄行きとかじゃないだろうな」
流瀧が樹実渡に「口の利き方に気をつけてください」と小声で伝えていた。樹実渡は気にすることもなく、おかまいなしで話し続けていた。
「ふふふ、そんなことはしていませんよ。あの猫は立派ですね。そなたたちもそうですが、あの猫は、『自分の魂を凛子の生まれ変わりに使ってくれ』なんて口にしたのですよ」
女神様は優しい眼差しをしてこっちに目を向けた。
グレンがそんなことを話したのか。あいつときたら。自分を犠牲にしてどうする。それは凛子も同じか。
「女神様、グレンが魂を差し出すのなら自分の魂も差し上げます。どうか生まれ変わりの特例を」
源蔵は思わずそう叫んでいた。
「それはいけません」
凛子の言葉に女神様は頷いている。
「そうですよ。魂を差し出すなんていけません。あの猫にも同じことを話してあります。今頃はゆっくり寝ていることでしょう」
「寝ているのか、あいつ」
樹実渡がキョトンとした顔をしたかと思うと笑い出した。そうか、グレンは無事なのか。
「ふふふ、それにしてもなぜこの者に魂まで差し出そうとするのですか」
「それは、いろいろと」
源蔵は言葉を濁した。
「源蔵さん、私も知りたいですよ。魂を差し出したら完全に消滅してしまうって言うじゃないですか。幽霊にもなれないのですよ。なぜ、みんな私のためにそこまでするのです」
「それは凛子が命の恩人だからだよ」
「えっ、私はそんなことした覚えはないけどねぇ」
源蔵は凛子がまだ子供の頃の話をし出した。
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