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第五話 思い出を抱いて
【十七】金之丞であって金之丞にあらず
しおりを挟む「金之丞、僕はここです」
流瀧は金之丞に向かって睨み付けた。金之丞も睨み返してくる。瞳から感じる異様な鋭さに流瀧は一瞬怯んでしまった。
「おい、あいつ変だぞ。俺様の知り合いによく似ている気がする」
知り合いに似ている。それって悪魔ってことか。
金之丞は悪魔ではない。ただ、何かが違う。まさか、悪魔に心を乗っ取られているってことか。
金之丞の後方で土筆が震えている。土筆と目が合うと声を出さずに口だけを動かした。
「助けて」と読み取れた。
やはり、金之丞に何かが起きている。そうに違いない。あいつは思い込みが激しく思ったことは譲らないことが多々あったが、無闇に人殺しをする奴じゃない。
頭の中で作戦を立てて犠牲者を出さないように行動していた。
今回は違った。
敵は金之丞ではない。背後で蠢く者だ。
流瀧は一瞬でそう判断した。
グレンも同じこと感じ取ったのか毛を逆立てて唸り声をあげはじめた。
今にも飛び掛からんとする構えで睨み付けている。爛々とする瞳はまるでエメラルドの輝き。鼻に皺をよせて釣り上げる目を見遣れば、仁王像さながらの凄みがある。
こんなグレンを見たのは初めてだ。大切な仲間のために仇討ちしようと思っているのかもしれない。
「グレン、落ち着くのです。無闇に立ち向かってはいけませんよ」
流瀧の言葉はグレンには届いていない。頭に血が上ってしまっている。引き止めようとすればこっちにも攻撃してきそうな雰囲気だ。
「流瀧、猫には猫に任せるに限る」
ぷくぷくはニヤリとして頷くと誰かを呼んだ。
「バズデ、グレンを頼むぞ」
バズデ。誰だろう。
黒く嫌な気配が立ち込めたかと思うと、すぐ脇のブロック塀から黒猫が飛び越えてきた。
「任せとけ。けど、我はおまえの手下じゃないからな。よく覚えておけ」
「ふん、そんなこと知るか」
ぷくぷくは我関せずとばかりに金之丞に視線を向けていた。
流瀧も金之丞を見遣る。
「猫など敵じゃない。標的は流瀧、おまえだ。我が葬ってやる。それですべてが丸く収まるってものだ。大人しく書物へ戻れ」
「丸く収まると言いましたか。それは金之丞の思い過ごしです」
「馬鹿なことをほざくな。約束を忘れたのか。我らがいたからみんな不幸になったのだぞ。違うか。我らが消えればいいのだ」
金之丞は日本刀を下段に構えてこっちに向かって走り出した。
やはり、あいつは何者かに乗っ取られている。あらゆる兵法を知り尽くした金之丞の動きではない。隙だらけだ。
「流瀧、逃げろ」
しまった。油断大敵とはこのことだ。思ったよりも動きが速い。
金之丞のことを見極めている場合ではなかった。下から上へと振り上げられた日本刀を辛うじて避ける。袖が切れている。
しまった。すぐさま脳天目がけて日本刀の刃が振り下ろされてきた。
カキィーン。
鼓膜を震わす金属音とともに日本刀は弾き飛ばされた。
何が起きた。
弾き飛ばしたのはグレンとバズデの爪か。
なに。なぜだ。日本刀が金之丞の手に戻っていく。生きているのか、あの日本刀は。
んっ、そうか。そういうことか。
金之丞は一歩後退して再び日本刀を下段に構え直している。
グレンとバズデも素早く動き、金之丞の挟み撃ちにしようとしていた。
どういうことだ。息がぴったりのこの連係プレイは。
グレンとバズデは初めて会ったはずだ。
「ボケっとするな、そこの青い奴」
「すまない。助かりました。けど、僕は流瀧ですよ。青い奴ではありません」
「ふん、そんなことはどうでもいい。今はあいつをどうにかして止めることが先決だ。そこの落ちこぼれと対策を練れ」
落ちこぼれ。流瀧はぷくぷくに目を向けた。
「落ちこぼれとはなんだ、バズデ。それに流瀧、俺様を見るな」
流瀧はぷくぷくの肩に手を置き「その者の言う通りだ」と頷いた。
「ふん、そうかよ。まあいいさ、わかったよ」
ぷくぷくはちょっとだけいじけた素振りを見せたが、すぐに金之丞に鋭い視線を向けた。
『バズデとやら、僕はただボケっとしていたわけじゃありませんよ』
流瀧は心の中で否定した。
今の一瞬でわかったことがある。
日本刀が弾かれた瞬間に見えた。とぐろを巻く黒蛇がいた。だがそれは仮の姿だ。
赤く光る黒蛇の奥に悪魔の姿を確認した。
火を操る姿が一瞬だけ目に映った。あの火事は金之丞ではなく金之丞を操る悪魔の仕業だ。
金之丞は金の属性の持ち主、土筆は土の属性だ。なぜ火を操れたのかと思っていたが、これで謎が解けた。
敵は金之丞ではなくあの悪魔か。ならば、好都合だ。
流瀧はぷくぷくに金之丞を引き付けてもらうように頼み、金之丞の死角に隠れた。
やはり悪魔には悪魔だろう。
ちょっと頼りないが。あっ、バズデも猫だが悪魔なのか。まあ、そんなことはどっちでもいい。ここは一番強力な術で対抗しなくてはいけない。時間稼ぎをしてもらおう。
「おい、金之丞。動きが速いようだが俺様には敵わないな。闇雲に攻撃すればいいってもんじゃないぞ。おまえの頭の中は空っぽなのか」
「何を。我はあらゆる戦術を知っている。空っぽなどではない」
ぷくぷくは翼を羽ばたかせて空を舞った。
「そうか、ならやってみろ。ここまではやって来られないだろう」
「ふん、それはどうかな」
金之丞の身体が浮かび上がっていく。
「嘘だろう。おい、そんなのありか。バズデどうにかしろ」
「どうにかしろだ。自分で考えろ。まったくぷくぷくの阿呆が」
「こら、阿呆じゃないぞ。おまえも悪魔なら悪魔を助けろ」
「うるさい。我らは悪魔界を追い出された身だぞ。自分のことは自分でどうにかしろ。それに我はおまえの手下ではないと言っただろう」
「ふん、まったく。役立たずが」
「役立たずとはなんだ。おまえのほうが役立たずじゃないか。ど阿呆が」
口喧嘩している場合かと思いながらも流瀧は集中していく。
火には水だ。金之丞が水でやられることはないだろう。あの悪魔だけをどうにか抑え込めばいい。今、あの悪魔は金之丞の中で遊んでいるだけだ。本気を出してはいない。
限界ギリギリまで力を出さねばならない。
思いっきり息を吐き出し、大きく息を吸う。
それにしても、悪魔に乗っ取られるとは金之丞も油断したものだ。
そうそう、油断だ。今、あの悪魔もきっと油断しているはず。一気に片づけなくては。
『水神よ。力を与えたまえ。龍の力を与えたまえ。いにしえの神々よ。最強の龍神をこの身体に宿らせたまえ』
流瀧は目を閉じて念じ続けた。
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