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1章 清秋
1 配属発表
しおりを挟む秋が終わり、風が頬を冷たく撫で始めた頃だった。
中谷優人は大学屋外に設けられたテーブル席に腰掛け、課題のレポートに手を付けていた。
キャンパス中央に設けられたメインストリートには、ある程度の規模の国公立大学だからだろうか、休日にも関わらず学生が行き交っていた。
時折暖かい日差しが差し込み、色づき始めた木々が風にざわめく中。突然、優人の名を呼ぶ声が響いた。
「優人!お疲れ」
そう言って走ってきたのは、数少ない友人の三隅太一だった。
彼は同じ地元から来ている同級生で、しかも同じ学部学科――理工学部応用生物化学科に所属している、何かと共通点の多い友人だった。
三隅はすぐ近くの生協で調達したのだろう、まだ湯気の昇るコーヒーを机の上に置くと、優人の隣りの椅子におもむろに腰かけた。
「なあ、配属発表見た?」
「ああ。今さっき見てきたところだけど」
すると三隅は途端に笑顔になった。
「はは、優人反応薄すぎ。俺たち無事第一志望に決まってんのに。……なあ、これから配属祝いに飲み行かない?」
配属祝いって大げさすぎやしないか――そう思ったものの、大学生というのは口を開けば「飲み」という生き物だ。
また今日の「配属発表」は優人がわざわざ大学に来た理由でもあり、実は学生にとって大きなイベントでもあった。
大学での学びは、一、二年はおもに座学を中心とした一般教養だ。それが少しずつ実験を交えた実践的なものに変わり、最終学年の四年時は研究室に入って個々に専門分野を学ぶ。
今日行われた『配属発表』は、その来年一年間所属する研究室が決まったということだった。
優人の通うこの東京先端科学大学では、このように三年の秋に配属先が決まる。
基本的に学生の希望が優先されるので、各々希望どおりにいけば問題がない。
しかし、そう簡単にうまくいかないのが通例だった。
研究室にはもちろん定員があり、そして毎年各研究室には人気不人気があった。
学生の選ぶ基準は研究内容もそうだが、実はほかにもたくさんあった。
例えば、必ず研究室にいなければならない時間――コアタイムの有無や、研究の進捗報告をするゼミの回数など多種多様だ。
だから人気ゼミの場合、倍率は必然的に高くなり、三年までの成績評価と希望で配属先が決まるという訳だ。
ふたりが希望を出していたのは、例年人気が高い室島研だった。
この研究室は酵母という生き物を扱う唯一の研究室だったので、倍率が高いと言われていたものの、優人は希望を出すことにした。
そうして結果的に無事配属されたことがわかり、バイトまでの時間をここで潰していたのだった。
だから配属祝いと言われれば確かにそうだったが、正直あまり乗り気ではなかった。
優人がそうして沈黙していると三隅は笑った。
「……そんな嫌そうな顔するなよ、冗談だって。俺、このあとバイトだし優人もだろ?」
「ああ、まあ」
すると三隅は突然ぷっと吹き出したので、思わず聞く。
「……どうした?」
「いや。優人は相変わらず付き合い悪いなあと思って」
「……そうか?」
「うん。俺はなかなかだと思うけど」
三隅はそう笑顔で言ってくれたものの、確かにそう言われる自覚は以前からあった。
一、二年そして三年とこの大学に入学してから、一体どれだけ飲み会に誘われ、そのどれだけ断っただろう。
そうする理由は、一回にかかるお金が負担だったこともそうだが、一番は飲み会をする意味がまるでわからないからだった。
美味しくもない酒を飲んで、当たり障りのないつまみを食べて。愚痴をこぼし合うことの何が面白いのだろう。
皆の目線はいつか必ずやってくる未来には向いておらず、もう変えられない過去にばかり向けられているように思えた。
それがどれだけ無意味かと考えると、まるで足が進まなかったのだ。
――そう思ってしまうのは、きっと俺がおかしいからなのだろう。
今の自由な時間を無駄にしたくない。将来のために大切に使いたい。
そう思うのは、きっと自分が置かれた状況が特殊だからであり、道を行くほかの学生とは違うから――。
優人は学生の行き交うメインストリートに目をやりながら、ひとり静かにそう思っていた。
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