【完結】まほろばに鳥はもう来ない

上杉

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1章 清秋

2 決められた道

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 優人が育ったのは、東京から新幹線で二時間という片田舎の街だった。
 家は祖父祖母たちと同居という田舎ではありふれた二世帯だったこともあって、自分はどこにでもいる普通の少年だと思っていた。
 それが一変したのが高二の文理選択のときだった。

『お前は絶対に理系に行け』

 それは父から初めて言われた言葉だった。
 耳に届いた瞬間、まるで自分の将来を縛る言葉のように思えて、優人は憤った。
 なぜ自分の進路についてとやかく言われないといけないのか。なぜ指図されなければいけないのか。

 ただ同時に、親の言葉にどこか納得している自分もいた。ちょうどこのとき、自分の家が先祖代々続く酒造メーカーであることに気付いたのだった。
 だからそんな家に長男として生まれた自分は跡取りで。その現実を知ってしまったあとはもう、意識せずに生きることはできなくなってしまった。

 それ以来耳に届いたのは、家族たちからの厳しい言葉の数々だった。

 彼らは口を開けばすぐに、お前が継ぐんだからとうるさく言った。そして必ず将来のために勉強しておけと言った。
 もちろん彼らがそう言う理由も、この頃には理解していた。幼い頃から恵まれた環境で生活していたし、その恩恵を受けている実感もあった。

 ――だから自分の将来はそれでいい。

 それは優人が何度も自分に言い聞かせてきた言葉であり、すでに決められた未来への諦めだった。
 自分は生まれたこの田舎で、皆に感謝しながら死ぬまでずっと生きていくのだ。
 それがこれまで育ててくれた親や会社に対するお返しなのだから。

 そうして大学では社会を見る、修行すると言ってここにやって来たというわけだ。
 学生の間だけ、自分の興味のある学問を勉強しよう。そしてこの学生生活の間は家のためでなく、自分のためだけに自分のやりたいように生きよう――そう思い、わずかばかりの自由を期待して。

 ただ、その希望は簡単に打ち砕かれたのだったが。

 名門と言われる大学にやってきたものの、優人を待ち受けていたのは酷い現実だった。
 大学生たちはみんな適当に授業を受けて、酒を飲みにいったり遊んでばかり。そんな感じだから、逆に自分の限りある時間を無駄にされるありさまだった。
 学生のノリが全く身体に合わない――そう思ったのは入学してすぐのことで、以来そのまま今に至る。
 だから大学三年目を終える今の優人にとって、目の前を行く能天気な学生たちはもう違う生き物のように思えていた。

 楽しそうに騒ぎ戯れる若い彼らを前に、隣りに座る三隅はぽつりと言った。

「……でも俺たちさ、なんだかんだ言って優秀だよな」

「そうか?」

「え、だってストレートで進級して希望のゼミに入って、あとは残すところ卒業だけじゃん。これって、優人のおかげ?」

 三隅に言われ、確かにそうだと優人にも思えた。
 学部によって差はあるものの、理工学部は成績評価の厳しい必修単位も多く、進級できないものも五割いる世界だ。
 その中である程度の成績評価を取り、難関とされる研究室配属が決まった自分たちふたりは、なかなか優秀だろう。

「……そうかもな」

 そう優人が同意したときだった。
 ふたりの目の前を手を繋いだカップルが通り過ぎた瞬間、三隅の表情は一変した。

「……なあ、彼女いないからとか言うなよ」

 それは彼女が出来たことのない三隅の、癖のようなものだった。優人は呆れながらもいつものように返す。

「……何も言ってないって。そもそも俺たちは理系だし、このキャンパス自体工学系ばっかだから、女子の母集団が少ないんだって」

 実際理系が集中しているこのキャンパスは、女子が極端に少なかった。割合で言うと男八に対して女一だからあぶれるものも出てくるわけだ。
 なのに三隅はちらりとこちらに視線を向けて言った。

「でもお前いたじゃん」

「……まあ、そうだけど」

 そう言われれば黙るしかなかった。
 三隅は大きく伸びをしてから、再度腕を組んで考えるように口を開いた。

「はあ……お前、なんで別れちゃったんだよ」

「別にいいだろ。俺がどうしようが勝手だろ」

「またまた。まったく、冷たいこと言っちゃって。実はありさちゃんにも振られたんじゃないのー?」

 なんて面倒なんだろう――そう思った優人は適当に答えることにした。

「…………うん、まあそういうことにしといて」

「え、投げやりすぎじゃん!酷くない?」

 騒ぎ始めた三隅を無視し、そんなこともあったなと思い返す。

 同じ学部の立石たていしありさに告白され付き合ったのは、二年のときのことだった。
 相手のことが好きとか昔から気になっていた訳ではなく、学生だしとりあえず付き合っていくかという軽い気持ちだった。

 はじめは想像より楽に感じられた。
 立石ありさは自分と同じように比較的大人びた価値観を持っていて、ほかの学生と一緒にいるより有意義で楽しい時間をすごすことができた。
 けれど三年に進学したとき、突然彼女から別れを告げられるとともに言われたのがこんな言葉だった。

『ねえ、なんでそんなに生き急いでいるの?』

 正直、言われるまでそんな意識はなかった。相手も自分の生き方を肯定してくれていると思っていたから。
 ただ彼女がそう思うくらいなら、ほかの誰と付き合ってもそうなのだろうと思えた。他人に期待しなくなったのは、ちょうどこの頃からだった。

 以来人と適度に距離を取るようになり、実際それは心地よかった。だから、こんな自分がこれから誰かを好きになることはきっとない――このときの自分はそう思っていた。

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