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7章 互いの行く先 side.新汰
2 進路
しおりを挟む冬の大会に向け、部活は忙しくなっている。ただ、今日からはテスト期間でそれも休みだ。
だから理久と話す時間を作るなら絶好のチャンス――そう思って俺は二組の教室へ急いだ。
修学旅行の自由時間に二組の人たちと回ったこともあって、教室へはかなり入りやすくなっていた。
俺は廊下からぱっと中を覗いたものの、理久の席に人の姿はなかった。
ただその代わり、理久の席の周りに座り、ちょうどこちらを見ていた女子と目が合った。どうやらその子は、話していた高橋にそれを伝えたらしい。
後ろの席に座る高橋の顔がぱっとこちらを向く。
「あれ、西脇くんじゃん。理久になんか用事?」
「……ああ。だけどいないんだな」
「進路の件で先生に呼び出されてるんだよね。多分すぐ帰って来るだろうから、ここで待ってたらいいじゃん」
そう言って手招きされてしまったので、俺は仕方がないと了承し今は誰もいない理久の席に腰掛ける。
それとほぼ同時に女子数名が教室へ入ってきて、高橋が話していたふたりは彼女たちを待っていたらしく、手を振って帰ってしまった。
そうして教室に俺と高橋のふたりだけになった。しかし、正直何を話したらいいか分からない。
共通の話題は理久のこと、そしてお互い運動部に所属しているくらいだろうか。実はこうしてふたりっきりで話したことはなく、強いて言えば文化祭のステージの上くらいだ。ただあれはきっとカウントされないだろう。
俺がどうしようかと考えていると、突然高橋は吹き出した。
「ぷっ。西脇くん、俺のこと怖がりすぎでしょ。大丈夫。とって食ったりしないって」
「それはもちろんわかってる。相川とのやりとりも見てるし」
「あはは。あいつと仲良くしてもらってるようで何より。迷惑かけてない?あいつさ……とんでもなくぶっとんだクセ強人間だから」
その言葉に俺はいつも後ろの席で寝ている相川と、文化祭のときのきりっとした相川を思い出した。
「確かに俺は仲良くしてもらってるつもりだけど……あいつはきっと俺のこと、ちょうどいい物陰くらいにしか思ってないかもな」
「ああ、でもそれはないな。あいつの口から西脇くんの話、よく出るんだよ」
それは意外だ。余計なことを話さない省エネ相川は、学校から帰ると様子が違うらしい。
ただ、妙に納得する自分もいた。
俺だって同じじゃないか。理久とそれ以外、俺の世界はきっぱりとふたつに分かれていただろう。
「ふたりは幼馴染なんだよな」
「うーん、幼馴染っていうほどそうではないけどね。小中高たまたま同じで顔見知りってだけ。むしろ理久と西脇くんのほうがそうだろ。家も近くて小さい頃から一緒なんだって?」
そう、確かにそのとおり――。
「でも……最近よく分からない」
「……え」
高橋の反応から察するに、俺は思っていたことをうっかり言葉にしてしまったらしい。
「ごめん、何でもないんだ」
「……いいじゃん。俺で良ければ話聞くけど」
そう言った高橋の声色は軽やかだった。だからそれに救いを求めるように、俺は心のうちを吐露する。
「最近、理久が何を考えてるのか分からなくなって。修学旅行のときから……ひとりで完結して、何も相談してくれなくなったんだ。これまでそんなことなかったのに、自分の問題だからって」
理久はどんなときも明るく俺を導く存在だった。
だからこれまで深刻に考えるのはどちらかというと俺のほうで。
軽く笑って大丈夫と言ってくれるのが理久だったのに、今はまるで違う。
すると高橋はどこか納得したように言った。
「ああ、なるほどな。あいつって本当、切羽詰まると自分の殻にこもりがちでまわりが見えなくなるんだな」
「え?」
そうしてひとり納得しながらも、俺に説明しはじめる。
「俺が知っている理久はさ、飄々としていて何事も涼しい顔してこなす奴なんだよね。それはよく言えばなんでもできるなんだけど、悪く言えば心がこもってなくて無関心だろ?ただ、最近のあいつは違うんだよね。やけに熱中してるというか、それ以外見えなくなってるというか」
その言葉に、最近の理久というのは俺に告白してからの理久だと思えた。
少しも爽やかでない、いろんな表情をする今の理久。ただそれが本来の理久なのかもしれない。俺はぼんやりと思った。
「……だから今あいつを悩ませてるのは、本当にあいつの中で優先順位が大きいものなんだろうな。本当に大切で、だからこそ軽く考えられないんだろ。ただ……少しくらい周りを頼ってもいいと思うよなあ」
そう言いながらわ高橋は視線を俺の背後に動かした。
なんだろう――そう思い振り返ると、そこにいたのは理久だった。
「……新汰。何でここに?」
どこか切羽詰まった表情で、それを前に高橋はなぜかにやにやした。
「西脇くんはお前を待ってたんだよ。俺も帰るわ。じゃあな、おふたりさん」
そう言うと高橋は途端に帰ってしまった。
どうやら俺の話に付き合って一緒にいてくれたらしい。
やっぱりいい奴だ――そう思いながら俺は理久に向き合う。
「理久、話があるんだけど」
「…………距離置こうって言っただろ」
途端につっけんどんになった理久を前に、俺は少し怖気づく。
前なら、こうして拒絶されたらそれで引き下がっていただろう。拒否されるのが怖かったから。
ただ、今の俺はそんなことしていられない。このまま理久との関係が曖昧なままでは駄目なのだ。
だからあくまでも慎重に俺は聞く。
「いつまでかなんて言われてない。それに俺、進路のことで悩んでて、理久に相談したいと思ったんだ」
すると理久は呆気に取られた顔をした。
「……は?進路?」
どうやら気をそらすことには成功したらしい。
俺は頷く。
「俺、何がやりたいかも何が向いてるかも自分ではわからないくて。でもきっとずっと一緒にいる理久なら、俺のことわかってくれてるだろ。だから何かいいアドバイスあるかなと思って」
「アドバイスって……お前の進路だろ」
さらりと言った理久の言葉は、確かにそのとおりた。
やっぱり無理かと思っていると、理久は宙を眺めながら言う。
「新汰はさ、周りの環境変化をよく見てるよな」
「……え」
「多分、昔はそうやって周りを怖がってたけど、今は違うだろ。クラスのみんなのこともよく見てるし、よくいろんなことに気付いているんじゃないか?修学旅行のとき、一緒に回りながら俺はそう思ったよ。地図も頭に入れてたし、牧田の無茶振りにも応えられてただろ」
確かに、あの日はスムーズに目的地に行けるように頑張った気がする。
地図を頭に入れ、今トイレ行ったほうがいいとか声がけをして。結果的に多くの寺社を楽しく見学できたのだ。
「だから、新汰は意外と対人の仕事向いてるなって思うよ。それか営業マンか。話を聞くのも得意だし、相手の要望に応えるの得意そうだから」
それは自分では少しも思いつかない視点だった。
驚きのあまり俺は思わず理久に感謝する。
「理久、ありがとう!すごくいいヒントになった気がする」
すると理久はふっと笑った。
ただ、すぐに何かに気付いたような気まずい顔をすると、鞄を持って教室から出ていこうとした。
「……ああ。じゃあな」
「……理久!」
そう呼び止めたものの、理久は振り返らずにそのまま出ていってしまった。
不意に俺の中で高橋の言葉が蘇る。
『……だから今あいつを悩ませてるのは、本当にあいつの中で優先順位が大きいものなんだろうな』
そうなのだろうか。理久の中で俺の存在は、本当に大切なものなのだろうか。
そんな疑問はまだ消えていない。
むしろ、本当に大切であるならば、きっと振り返ってくれるはずだと俺は思ってしまった。
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