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2章 懐かしい風景
3 向かう場所
しおりを挟む瑞生は近くのコンビニで適当に買い物をすませたあと、足早に家に戻った。
調達した鮭おにぎりを片手にごろりと畳に転がりながら、スマホで目的のあの場所を探し始める。
いまだ記憶に鮮明に残る、祖母と訪れた森の中の泉。
あの静かな湖面が光るうつくしい場所は、きっと観光地にでもなっているだろう――そう瑞生は高をくくっていたのだ。伝説や伝承が残る場所なら、今の時代ネットで探せば何らかの形で出てくる、と。
そうして「八千河」「歴史」「探訪」など、あてはまりそうなワードで検索してみたものの、それらしいものは一向に出てこなかった。
「……まじか」
検索にひっかかってくるのは祭りや花火、たくさんの海水浴場や、大きな公園など。どうやら八千河には遊んだりできる場所は、意外とあるらしい。
しかし、瑞生の探しているあの泉はいくら探しても出てこなかった
「だめか……」
瑞生はため息をつきながら、ちらりと後ろを振り返る。
そこにあったのは神棚と押し入れ――母が手がかりはきっとそこにあると言っていた、その場所だった。
この襖の奥に、勾玉がしまってあったと母は言った。だからここを探せばいいというのは、実は初めからわかっていた。
しかし手が伸びなかったのは、襖を開けるのがなんとなく怖かったから。
この家は祖母が出て行ってからずっと空き家だったわけで、何か出てくるのかもしれない――そんな恐怖を感じていたのだ。
ただ、ネットで検索して出てこなかった今、ここを確かめなければならなかった。
瑞生は襖に手を掛け、おそるおそる開ける。
すると押し入れの中にあったのは、小さな棚だった。
――え。
瑞生はぎょっとした。
なぜなら、押し入れは上と下で仕切られていたものの、下段のその棚以外にものがなく、上段はなにか置かれた形跡すらなくぽっかりと空間が空いていた。
気を取り直して、しっかりとした作りの艶やかな茶色の棚の、一番下の大きな引出しから順番に引っ張ってみる。
ごくりと息を飲みながら最下段をひっぱると、がたがた音を立ててそれは開いた。
中は――もぬけの殻だった。
なにもなかったので瑞生はがっかりしたものの、この段が一番高さのある段であることに気付く。
――ここ、きっと翡翠が入っていた箱があったんだ。
そうして息をふうと吐いてから、瑞生はひとつひとつ順番に下から確認していくことにした。
開けて中を見て閉めてを繰り返す。
しかし何も見つからないまま、いよいよ最上段というところだった。
なかったらどうしよう――そんな心配を抱きながら開けた瞬間、引き出しからはかさりと紙の引っかかる音がした。
「……これは」
中に入っていたのは、しわしわの古びた紙だった。
それはどうやら文書のように見えた。しかし漢字が多く、何が書かれているのかよくわからない。
漢字はまだまだ勉強が必要だ――そう思いながらもなんとか目を通していたとき。
たまたま八千河という文字を見つけ、瑞生ははっとする。
――このほかに、地名が書かれているかもしれない。
この古い文章に今も残る地名があれば、それはきっと手がかりになる――そう思いながら確認していくと、「大滌川」と言うそれらしきものを見つけた。
瑞生は、はっとした。
八千河の地名の由来は、数えきれないほどの川があるからだと、このまちにくる直前に見ていたネット記事に書いてあった。
もしかすると、と淡い期待を抱きマップアプリで検索してみる。
「大滌川、と……」
すると、川は本当に存在した。
八千河市内から少し郊外へ行くものの、近くには海水浴場があるらしく最寄り駅もあるらしい。
マップを拡大してみると、河口から川の側道を歩けるような道も整備されていることに気付いた。それを登っていくと、たどり着くのは天紋岳という山らしい。
瑞生はごくりと唾を飲んだ。
あの泉は確かに森の中にあり、山のふもとでもおかしくはない。
ほかに手がかりとなる地名は残っていないかと、再度手に持っていた古い紙を眺めた。しかし川が付いているのはこの名前だけだった。
ひとつだけだが場所の手がかりを見つけることができた。
瑞生は勢いよく自分のリュックを空にすると、さっきコンビニで買った水とモバイルバッテリー、財布など必要なものだけを入れてすぐに家から飛び出した。
子どもの足でもいけたから――そんな記憶を元に、急いで駅へ向かう。
本数の少ない電車に飛び乗ると、顔に汗がにじんだ。しかし気にしてなどいられなかった。
電車は市街地を抜け住宅街の中を進んだ。そして家々の間から青いものが見えるなあと思っていると、もう目的とする大滌川駅だった。
乗っていたのは十五分くらいだろうか。自分の他にも意外と降りる人がいることに気付き、瑞生は驚く。
楽しそうな若者グループの流れに従い駅を出て、そして思わず声を上げてしまった。
「うわ……海!」
駅はちょうど大滌川の河口の脇に位置しているらしい。目前には青い海が広がっていた。
どうやら駅の周辺一帯は浜になっており、降りる人のほとんどがそのまま海の方へと向かっていった。
ほんの短い時間電車に乗っただけなのに、すっかり辺りの様子が変わってしまった。
なんてこのまちは面白いのだろうと瑞生はひとり感心していた。
ただ、そうして足を止めてばかりもいられなかった。
目の前に臨む陽光をきらきらと反射して輝く海を前に、瑞生は踵を返してひとり逆の方――川の上流へと側道を進み始めた。
他にひとは誰もいなかった。
ただ道はきれいに舗装されていて、民家もところどころあったので安心して進むことができた。
道中、庭の手入れをしていた老人とたまたま目が合い、瑞生は一応とあいさつしてみる。
「……こんにちは」
すると、若者の姿が珍しいのだろうか、タンクトップ姿の老人は顔をひょっこり出して声をかけてきた。
「お兄ちゃん、どこさ行ぐんだ?」
そう聞かれ、せっかくならばと聞いてしまう。
「おじいさんは地元の人?」
「そだ」
「この道を進んだところに、小さな泉はありませんか?」
すると老人は関心したように驚いた。
「おー、よく知ってるな。古い伝説の伝わる池のことだろう」
どうやら、ずばり的中したらしい。
瑞生は嬉しさのあまり大きな声で感謝する。
「おじいさん、ありがとう!」
そしてその勢いのまま歩み去ってしまったので、そのあとの老人の呟きを聞き逃してしまった。
「……あれ……でも渇いたっちゅう話を聞いた気がすっけど……あれは儂の記憶ちがいか?」
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