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6章 勾玉の秘密
1 イスルの夢
しおりを挟む朝の穏やかな日差しを感じた瑞生は、目を開けた。
久しぶりによく眠れた気がする――そう思いながら、むくりと身体を起こし、大きな伸びをした。
昨晩、帰宅した丈司に祖母の実家の現状を話したところ、周吾が言っていたとおり、快く滞在を受け入れてくれた。
そうして八千河滞在中に、瑞生が寝泊まりすることになったのは、あの風通しのいい和室だった。
網戸からはまだ冷たい風がそよそよと吹き込んでいた。
それを心地よく思いながら、自分の頭がやけにすっきりしていることに気付く。
――これは……きっと夢を見なかったからだ。
刃をつきたてられる恐ろしい夢も、古代の青年の一生を追いかけるような夢も。
少しも見ないで熟睡したのは、日本に来てから初めてのことだった。
瑞生は枕の脇に置いておいた、翡翠の勾玉を手に取り首にかけた。そして欠伸をしながら洗面所へ向い、考える。
――昨日、周吾の勾玉に触れたときに見たあの光景。
目前に蘇ったものは、先日夢で見たものとまったく同じものだった。
道中倒れたところを周吾に助けられ、この家で介抱され、そういう経緯で周吾の腕の中で眠ったあの日。
そのとき、周吾が勾玉を持っていたというのなら、あの勾玉が自分に夢を見せたのかもしれないと思えた。
――そんなこと……ある?
洗面所にたどり着いた瑞生は、思わずそう思ってしまった。
しかしそうしながらも、自分に襲いかかった非現実的な出来事の数々を思い出す。
日本だけで見る、身体を切り裂かれる夢。それに、祖母から渡されたこの翡翠のことも。
――俺が一番信じなきゃ駄目だろう。
周りの人に気のせいだと言われて、どれだけ悲しい思いをしただろう。
だからこそ、そのような非現実的なものを、自分が一番信じなければならないと思えた。
瑞生は蛇口をひねり水を出し、顔をざばざばと洗った。濡れた顔をタオルで拭いて鏡を見ると、そこには翡翠と同じ色の瞳がこちらを見ていた。
――考えよう。
周吾の持っていたあの勾玉が、夢を見せた可能性。
それは十分にありえる気がした。
何故ならあの勾玉が、イスルが死ぬまで持っていたもの、そのものだとしたら。あのオオテキヌシが、幼いイスルに渡したものだということになる。
それなら、イスルの念みたいなものが込められていても、おかしくはない。
『また、あなたに出会うことが叶うならば。次の人生こそは、必ずあなたを幸せにしてみせる』
あの、死の間際の悲痛な願い。それが勾玉の中で時を超え、まるで執念のように持ち主に語り掛けているのならば。
瑞生はふと思った。
――周吾も……あの夢を見ているかもしれない。
こちらが自分のおそろしい夢の話をしたとき。痛みを感じるなんていう荒唐無稽な内容を、周吾はいともたやすく受け入れた。
そのときはなんて包容力があるのだろうと思ったが、今思えばきっと周吾も自分と同じように、夢にさいなまれているからなのだと思えた。
同時に、次々と思い浮かんだのは周吾の優しさだった。
はじめて泉で出会ったとき、意識を失った自分を家まで運んできてくれた。そしてそれから、いろいろなものでもてなされて、今日も一日付き合ってもらってしまった。
だから瑞生は疑問に思った。
――年上の男に対して、あんな丁寧にエスコートをするだろうか。
そして瑞生の頭にある疑問が浮かぶ。
――まさか、周吾は泉で会った自分のことを、オオテキヌシだと思ってる?
そんなときだった。
「瑞生、おはよ」
ぼうっと洗面台の前に立っていた瑞生に、後ろから声をかけたのは周吾本人だった。
瑞生は思わずびくりとする。
「お、おはよう」
「ふあぁ…………ん、瑞生?」
「う、うん!」
そんな気の抜けた返事と同時に、手がぐいと頭に伸びてくる。瑞生が思わず硬直する中で、それは後頭部の髪にちょこんと触れて――。
「寝ぐせ。後ろ、酷いのついてる」
「ほ、本当?」
「うん、ここ」
そうして微笑む様子は、昨日の気まずさなんてはじめからなかったように思えた。
「あ、ありがとう」
瑞生は感謝を言葉にすると、そのまま逃げるように和室へ向かった。
そして触れられた場所を手でがしがしと治しながら、ひとり確信する。
――やっぱり……周吾はあの夢を知っているんだ。
今の寝癖を教えるやりとりのひとつにも、こちらを思いやるような優しさが感じられた。
この、日本人だからと思っていた特別な優しさは、そうではないのだ。
きっと周吾は、よく似た翡翠を持って現れた自分のことを、オオテキヌシの生まれ変わりだと確信している。
だから、こんなにも細やかで優しいのだろう。
確かにそうしたい気持ちは、イスルの夢を見た瑞生にも痛いほどわかった。
ムラを救ってくれたオオテキヌシに、ずっと仕えたかったという強い思い。
そして別れ際にあのような姿を見てしまったからこそ、次の人生があるならば、必ず幸せにしたいという願い――。
瑞生は思った。
――まるで、何もできなかったことを後悔しているみたいだ。
助けられなかったことを懺悔するように、どんなささいなことでも、優しく真剣な目で見つめてくる周吾。
あの、高校生離れした静かな黒い瞳を思い出した――そのときだった。瑞生は胸にちくりとした痛みを感じた。
何故、突然胸が痛んだのか、それが何に対する痛みなのかはよくわからなかった。
ただ、ひとつだけわかったことがあった。
それは昨日周吾に抱きしめられてから、彼に対する何かが変わったという確信だった。
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