【完結】死ぬことが許されない未来社会。仮の肉体を継いでなお生きる理由はあるのだろうか? ~プシュケの彼方~

上杉

文字の大きさ
40 / 59
6章 汝

4 海

しおりを挟む

 一行は、おのおの遊ぶ前に食事の準備を、ということで、浜の脇に用意された水場で作業に取り掛かった。千逸はひとり火の準備、ほかのメンバーは調理の下ごしらえという割り振りで、霧島も包丁を持たされたのだが――。

「その手つきは……まさか料理したことない?」

 ミツギにやんわりと指摘され、霧島は刃を入れようとしていたにんじんからぱっと手を離す。

「……まあ、しなくても生きていけるし、こういう何かを作る系は昔から苦手意識があって……」

「えーそうなんだ。意外!」

 そうさらりと口を出したマユハは、すごい速さで包丁を動かしていた。その仕事ぶりに、千逸がこのために呼んだ、というのも納得できた。千逸がどれだけ包丁を使えるかはわからないが、仮にふたりだったら絶対に日が暮れてしまうだろう。
 ミツギは人工肉を丁寧に同じ大きさに切りながら続ける。

「大抵さ、X型に興味持つのって、性への興味じゃなくて、料理とか刺繍とか細かい作業とマルチタスクしたいからなんだよね。指細くて繊細な作業しやすいし」

 そのことばに違和感を持った霧島は聞いてみる。

「……ふたりとも、もとは男性だったのか?」

「そう!あたしもマユハも、もうすっかりこっちだけどねー」

「霧島くん、まさかX型試したことないの?」

 マユハの問いに霧島は素直に頷く。

「やだー♡」

 ――なにが……やだ?

 霧島が考え始めると同時に、ミツギは、野菜の皮を剥く花角に同じ問いをする。

「花角くんは?」

「……俺はあるよ」

「やっぱり?口調が柔らかいし、下ごしらえすごく上手だもん!」

 ――何もできなくて悪かったな。

 霧島の心の声に被せるように、花角は口を開く。

「それは……多分野菜を扱い慣れてるからだと思うけど」

「ねえねえ、じゃあ、X型にしてみたのって最近?」

 マユハの問いに、花角はすこし考えてから、

「いや、少し前、だね」

 と言った。

「えー、どうして変えようと思ったの?」

「うーんと……好きな人のため、かな?」

 そのことばに、ふたりから黄色い悲鳴が上がる。

「きゃー!待ってました!あたしたちみたいに不純な動機じゃないやつ!」

「いまなら昔みたいに性別が邪魔するとかないもんね!」

「本当!気軽に変えられるし、どっちもやって好きな方選べるし……好きな人のために変えるとか……まじ最高」

 霧島はその陰でひとり思う。

 ――そういえば、花角のそういう話は初めて聞いたな。

 いまの時代、恋愛は趣味のくくりに入っているので、ずっと興味のなかった霧島は花角にそういう話題を振ったことはなかった。しかしよく考えてみれば、確かに花角ならば、人にこうしろと言う前に自分を変えるだろう。優しく、思いやり溢れる人間であることは、霧島もよく知るところだ。
 不意に、花角がこちらを見ていることに気づいた。
 これまで見たことのない熱を持った視線に、霧島は驚き視線をそらす。

 ――まるで…………好きな人に向けるみたいだな。

 そう思い戸惑っていると、霧島の視界の端に、火起こしを終えてこちらの様子を見に来たのだろう、千逸の姿があった。
 それを捉えたミツギは不満げに言う。

「そういえば、千逸はずっと男だよね」

「ねー面白くない」

 そんなふたりのあからさまな発言は、本人に届いたらしい。

「ふん、面白くなくて悪かったな。つまらなくて手が遅い男たちは立ち去るとしよう」

 と言い、手持ち無沙汰に立っていた霧島の手を軽く握ると、

「霧島、行こう」

 と手を引くので、ついていかない訳にはいかなかった。

「ねー!見た?千逸えげつな!」

「あれはもう、タイミングうかがってたよね」

「まあ、しょうがない!だって大本命だもん」 

 そんな女子二人の野次を背に、霧島は黙って千逸の後ろをついていった。

****

「……いいのか?準備を全部任せてしまって」

 砂浜まで連れてこられた霧島は、あそこにいても自分が少しも役に立たないことを知っていたものの、一応確認する。

「大丈夫だ。あいつらはそのつもりで来てる」

「確かに……ふたりもそうは言っていたが」

 ――勝手に仕事を放棄したみたいで申し訳ない。

 そう思う霧島の手を、千逸は再度、力を込めて握り直すと、突然かろやかに走り出した。

「――千逸?」

「せっかく来たんだ。楽しんだほうがいい」

 そう言われるも、霧島は慣れない砂浜の上でついていくことに必死だった。温かい砂を足の裏に感じながら精一杯走ると、視界の端に群青が見えたと思えば、突然、目の前に波打ち際が広がったではないか。

「……まさか、映像ではなく本当に海なのか?」

 そんな霧島のつぶやきに呼応するように、

「ああ。いくぞ」

 とだけ千逸は言うと、手を握ったままそこに飛び込んだ。
 濁流に飲み込まれたような大きな音と、冷たい水飛沫が肌を打つ。
 それが唐突に静まり返ったかと思えば、ふたりは腰まで浸かった状態で海の中に立っていた。
 霧島は濡れた顔を手で拭い、その心地よい冷たさに驚いた。

 ――まさか、本当に触れられるなんて。

 海。それはかつて日本人にとって、非常に身近な存在だった。しかし『塵の時代』を経て、核による汚染を受けたことで、現在は忌避すべきものになってしまった。
 しかし、魂に刻み込まれた海への憧憬は簡単には消えないのだろう。
 素体交換を終えた後に、精神を安定するため海の仮想現実に一定時間おかれるのは、おそらくそれが科学的に実証されているからなのだと思われた。
 ただ、このプラント内世界において、触れられる実際の水というのは極めて貴重だった。水は基本的にプラント内での内循環であるし、外から引く場合は、地下水を何層ものフィルターを使用して濾過しなければならない。
 そのため、この量の水は大変貴重であり、てっきりただの投影であると霧島は思っていたのだった。
 気づけば、隣には日差しに輝く千逸の姿があった。

「どうだ?最高じゃないか?」

 そう言って笑うので、思わず疑問をなげかける。

「すべて、本物の水なんだな。……考えられない。まさかこの世界にこんなに水があるとは」

「……そうだな。資源の関係もあって、この量の水にはなかなか出会えない。楽しむといい」

 そんな千逸のことばは、すでに霧島の耳へは届いていなかった。
 冷たい水が身体を包み、ぞわりと皮膚を撫で、下から押し上げる浮遊感。
 それをどこか懐かしいと感じている自分がいることに、霧島はこのとき気づいたのだ。

 ――この感覚を追っていけば、おそらく水のなかにいれば……あの夢の先に辿り着ける気がする。

 肌を包む水がもたらしたものは、あの夢が実際に記憶の一部である可能性があること。
 そしてその記憶こそが、自分のすべての鍵となる確信だった。

 霧島は感覚に身を任せ、ぼんやりと海を歩く。
 突然、視界が暗くなったのはそんなときだった。

「――ただ、見た目ほど奥行きはない。砂浜は表面だけで、奥はダイビングやシュノーケリングを楽しめるようにかなり深度がある。だから水を楽しむのなら、この辺にしておけ。泳いだことはないはず――っ……霧島!?」

 そうして千逸が気づいたときには、霧島の姿は跡形もなく消えていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...