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第三話 話合い
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翌朝、室生家の呼び鈴が鳴った。
入って来たのは案の定、恩師であり叔父の菅虎雄先生と妻の文、
それから、息子の比呂志だった。
ヴェロナールの副作用で気分が優れない僕はとみ子さんが作ってくれた小豆粥を食べていた。
「龍之介、やはり、ここにいたのか、帰るぞ」
「あなた方はよほど、早く龍之介さんを死神に渡したいのですね。
昨夜、龍之介さんは犀星さんと別れるぐらいなら“永遠に”とヴェロナールを飲み、自殺未遂を起こしました」
「父さん、あの薬、外でも持ち歩いていたんだね。
その指輪、綺麗だね。 室生さん、父さんをよろしくお願いします」
虎雄先生と文が口を開く前に息子が僕たちの関係を肯定した。
「父さんはいつも、薄氷の上を割れないかな割れないかなと恐る恐る歩いていたんだよね?
氷が割れて海に落ちたら助からないから。
昨夜の父さんは勘違いだったとしても、絶望して自ら氷を半分割ったんだね」
息子の鋭い指摘に犀星ととみ子さんが苦笑いを浮かべた。
「母さんも虎雄おじさんも父さんは命を墨に変えてるって気付いている?
ヴェロナールも室生さんからの指輪も、そして室生さんの愛も父さんにとっては特効薬であり劇薬でもあるんだよ。
どれか一つでも欠ければ、父さんは再び、自ら氷を割って海に飛び込んじゃうよ。
俺は父さんが自ら氷を割って海に飛び込むぐらいなら、室生さんの側で笑ってくれている方がいい」
虎雄先生も文も、まさか小学生の比呂志からそんな大人びた言葉が出てくるとは思っていなかったんだろう。
「父さんが時々、ヴェロナールを飲んでいることも知っていた。ねぇ、そもそも、“誰か”を“殺す”正義って本物?
それから、俺や母さんや多加志や也寸志は父さんに甘えているのに、父さんは誰にも甘えたらいけないの?
結婚したら、誰にも甘えちゃいけないわけ?
それなら、俺は一人でいたい。
“正しさ”って基準はどこにあるの?
父さんが人一倍神経質なことも、夜中にヴェロナールを飲んでいる所を見たことも、泣いてる日だってあったことを知ってる。
俺は父さんが好きだから、父さんに“生きて”いてほしいんだよ」
比呂志は僕の側に来た。
「父さん、死神の所には、まだ、行かないでね」
「比呂志」
僕は息子を抱き締めた。
「ありがとう比呂志、僕は犀星がいる限り、死なないよ」
「二人はどこに焦点を当ててるの?
父さんが既婚者だからなの? 相手が“男の人”だかなの?
それとも、根本的に父さんに“清廉潔白”で“聖人君子”あれと言いたいの?
“正しさ”で死ぬより“間違い”でも生きている方がいいと思うけど?
それでも、虎雄おじさんと母さんは“正しさ”を説くの?
やっと見つけた温かな“避難所”から父さんを引きずり出して、
吹雪の中に放り出して、夏の着物で吹雪の中、冷たい海を泳げって?
それは、特に、父さんみたいな人には“死刑宣告”同然だよ」
比呂志の言葉は夏の書斎の温度を一気に氷点下まで下げた。
「俺ね、夢があるんだ」
「比呂志の夢?」
「うん、演出もできる俳優になりたいんだ。
それで、脚本は父さんに書いてほしいんだ。
久米さんは頼んだら書いてくれそうだけど、やっぱり、父さんに書いてほしい」
夢を語る比呂志の声色は先ほどの刺々しさから一変して、きらきらと輝いていた。
「わかった、比呂志が夢を叶えたら、僕が脚本を書こう」
入って来たのは案の定、恩師であり叔父の菅虎雄先生と妻の文、
それから、息子の比呂志だった。
ヴェロナールの副作用で気分が優れない僕はとみ子さんが作ってくれた小豆粥を食べていた。
「龍之介、やはり、ここにいたのか、帰るぞ」
「あなた方はよほど、早く龍之介さんを死神に渡したいのですね。
昨夜、龍之介さんは犀星さんと別れるぐらいなら“永遠に”とヴェロナールを飲み、自殺未遂を起こしました」
「父さん、あの薬、外でも持ち歩いていたんだね。
その指輪、綺麗だね。 室生さん、父さんをよろしくお願いします」
虎雄先生と文が口を開く前に息子が僕たちの関係を肯定した。
「父さんはいつも、薄氷の上を割れないかな割れないかなと恐る恐る歩いていたんだよね?
氷が割れて海に落ちたら助からないから。
昨夜の父さんは勘違いだったとしても、絶望して自ら氷を半分割ったんだね」
息子の鋭い指摘に犀星ととみ子さんが苦笑いを浮かべた。
「母さんも虎雄おじさんも父さんは命を墨に変えてるって気付いている?
ヴェロナールも室生さんからの指輪も、そして室生さんの愛も父さんにとっては特効薬であり劇薬でもあるんだよ。
どれか一つでも欠ければ、父さんは再び、自ら氷を割って海に飛び込んじゃうよ。
俺は父さんが自ら氷を割って海に飛び込むぐらいなら、室生さんの側で笑ってくれている方がいい」
虎雄先生も文も、まさか小学生の比呂志からそんな大人びた言葉が出てくるとは思っていなかったんだろう。
「父さんが時々、ヴェロナールを飲んでいることも知っていた。ねぇ、そもそも、“誰か”を“殺す”正義って本物?
それから、俺や母さんや多加志や也寸志は父さんに甘えているのに、父さんは誰にも甘えたらいけないの?
結婚したら、誰にも甘えちゃいけないわけ?
それなら、俺は一人でいたい。
“正しさ”って基準はどこにあるの?
父さんが人一倍神経質なことも、夜中にヴェロナールを飲んでいる所を見たことも、泣いてる日だってあったことを知ってる。
俺は父さんが好きだから、父さんに“生きて”いてほしいんだよ」
比呂志は僕の側に来た。
「父さん、死神の所には、まだ、行かないでね」
「比呂志」
僕は息子を抱き締めた。
「ありがとう比呂志、僕は犀星がいる限り、死なないよ」
「二人はどこに焦点を当ててるの?
父さんが既婚者だからなの? 相手が“男の人”だかなの?
それとも、根本的に父さんに“清廉潔白”で“聖人君子”あれと言いたいの?
“正しさ”で死ぬより“間違い”でも生きている方がいいと思うけど?
それでも、虎雄おじさんと母さんは“正しさ”を説くの?
やっと見つけた温かな“避難所”から父さんを引きずり出して、
吹雪の中に放り出して、夏の着物で吹雪の中、冷たい海を泳げって?
それは、特に、父さんみたいな人には“死刑宣告”同然だよ」
比呂志の言葉は夏の書斎の温度を一気に氷点下まで下げた。
「俺ね、夢があるんだ」
「比呂志の夢?」
「うん、演出もできる俳優になりたいんだ。
それで、脚本は父さんに書いてほしいんだ。
久米さんは頼んだら書いてくれそうだけど、やっぱり、父さんに書いてほしい」
夢を語る比呂志の声色は先ほどの刺々しさから一変して、きらきらと輝いていた。
「わかった、比呂志が夢を叶えたら、僕が脚本を書こう」
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