年下の友人に恋をした

華愁

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年下の友人に恋をした③

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泣き晴らした目は腫れ、隈も酷い。

「とみ子、おはよう」

居間に行くととみ子が朝食の準備をしていた。

「犀星さん、おはよう。  
  
よく、眠れた?」

とみ子もわかっていて、
いつも通りに接してくれているんだろう。

「眠ったはずなんだけどね……  
  
全く、眠った気がしないんだ」

食卓の椅子に座った僕の前に
白米とわかめのお味噌汁、
バームクーヘン風卵焼きを置いた。

「ー悲しみを    
抱えて迎える    
夏の朝ー」

とみ子の俳句は僕の心情を的確に捉えている。

ーー  
  
〈三年後〉  
  
僕は三年経っても芥川君の死を
受け入れられずにいた。  
  
小説や詩を書く気力が湧かず、
各出版社にも断りの連絡を入れる日々が続いている。

この三年、書斎の文机に向かい、原稿用紙を
見て万年筆を手にしても、一言も出てこないのだ。

書こうとすると、芥川君のことを思い出してしまう。  
  
「今日も書けずにいるのね。  
  
ー亡き友を  
思い出して  
止まる筆ー」

「いい加減に前に進まなければとは
思っているのだけれど……

立ち止まったままですまない……」

とみ子は湯飲みが乗ったお盆を隅に置き、
僕の背中を擦ってくれた。

「ねぇ、犀星さん。  
  
芥川さんに抱いていた恋慕をそのまま、
小説に書いてみたらいいんじゃないかしら。

ー止まりしの
時を再び動かすは
友に捧ぐ筆ー」

「本当に、書いてしまっていいんだろうか?  
  
僕は友だった芥川君に恋慕していた……  
  
これを公表してしまったら、
とみ子まで好奇の目で
見られてしまうかもしれない……」

「ー悲しみも
紙に落とせば
心安らぐー

私はいいのよ。

犀星さんの一番の味方で理解者だもの。

芥川さんへの恋慕も犀星さんの一部。

それを否定することは私にはできない」

とみ子に背中を押され、書くことにした。  
  
題名は[年下の友人に恋をした]。

『僕、室生犀星は、友人で文学仲間の
芥川龍之介君に恋をした。』

冒頭を書いて、涙が溢れた。

芥川君と出会ってから僕が距離を置くまでのことが      
走馬灯のように
頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。    
    
初めて日本橋で詩人・日夏耿之介ひなつこうのすけ
出版記念会で会った時、
芥川君は年上の僕に対して
かなりギクシャクしていたのを覚えている。  
  
二回、三回と会う内に、打ち解けてくれた。

目を瞑れば思い出す、芥川君の笑顔も、
煙草を吸っている姿も
僕が思いを告げた際の困った顔も……

数ヶ月後、僕は[年下の友人に恋をした]を
編集部に郵送した。  
  
このご時世だから、倫理観やらモラルやら  
色々、問題があるかもしれないけど  
書き終えて、心の澱が少し減った気がした。

多分、掲載は見送りだろう。  
  
あまりにも、私情過ぎる内容だ。

どちらかといえば、
小説というよりエッセイに近かった。

後日、やはり、不採用の通知がきたのだが、
一人の編集者が自分の所では掲載できないが、
別の出版社ならと、
その出版社の住所が同封されていた。

「あら、いいんじゃないかしら」

横にいたとみ子に言われた
駄目元でその出版社に郵送した。

ーー

一ヶ月後、例の出版社から返信がきた。

茶封筒を開くと直筆と思われる文字で
こう、書かれていた。

〘室生犀星様

拝読させていただきました。
室生先生の赤裸々な告白に胸を打たれ
掲載させていただきたく思います。

つきまして、ご都合のよい日に一度、
わが社までご足労願えればと思います〙

後日、僕は出版社に足を運んだ。

「この度はご足労いただき、
ありがとうございます」

応接室で待っていたのはまだ若い編集者だった。

外見からして二十代半ばから三十代前半の男性だ。

「『年下の友人に恋をした』を拝読させていただき、
編集部一同、満場一致で掲載が決まりました。

室生先生の葛藤や苦しみ、悲しみが
こちらにも伝わり、全員で泣いてしまいました」

友だった芥川君への恋慕を赤裸々に書いた
あれを読んで泣いた?

「自分で書いておいて、こう言うのも
どうかとは思いますけど、
あんな、独白のようなものを
世に出してしまっていいんでしょうか?」

若い編集者は僕の目を真っ直ぐ見て言った。

「室生先生、『年下の友人に恋をした』は
確かに、先生の“独白”なのでしょうけれど
私たちは“文学”だと思いました」

あれを“文学”と言ってくれるのか。    
    
『ありがとうございます……    
    
妻が背中を押してくれたんです』  
  
とみ子はどんな時も僕を支え、理解してくれる。

「奥様ですか……      
      
失礼な質問ですが、室生先生が芥川先生に      
恋慕を抱いていたことも?」      
      
「えぇ、芥川君への恋慕さえも
僕の一部だと言ってくれたんです。  
  
妻のとみ子は文学仲間でもあるんですが      
いつも、僕の心情を俳句で表現してくれるんですよ」

「素敵な奥様ですね」

本当にとみ子のお陰で僕は今日も生きている。
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