学校中のアイドルな彼女は何故か俺に抱かれたいらしい

華愁

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第二話 煮雪璃羅の“抱いて”の真意と家庭事情

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その日の放課後。

俺はコンビニ前で肉まんを片手にしていた。

『……くそ、あいつの顔が頭から離れねぇ』

昼間、あんな真剣な目で言われたら、
俺だって動揺する。


ただの茶化しじゃなかった。

璃羅にとって「抱いて」は、俺が想像してる以上に
切実な意味を持っているのかもしれない。

 ──ふと、背後から視線を感じた。

『真人くん』


振り返ると、そこには変装用のキャップを
目深にかぶった璃羅が立っていた。

『な、なんでコンビニなんかに……』

『撮影が早く終わったから。……

それに、少し真人くんに話したくて』

璃羅は躊躇いがちに俺の横に腰を下ろす。

買い物袋の中には、家で食べるには多すぎる弁当やパン。

『……お前、いつもこんなに買うのか?』


『うん。家に帰っても、
誰も一緒にご飯食べてくれないから』

璃羅の言葉に驚いた。


『……は?』

璃羅の声は、小さく震えていた。

『うち、母がマネージャーで……芸能活動しか見てないの。

成績も、体型も、振る舞いも
“アイドルの煮雪璃羅”じゃなきゃダメって言われる。

家族っていうより、監督と選手みたいな関係』

表ではあんなに眩しい笑顔を振りまく璃羅が、
今はすっかり弱さを隠しきれないでいる。

『だから……“抱いて”って言ってるの。

本当の私を、誰かにちゃんと受け止めて欲しいの。

真人くんしか……思い浮かばなかった』

俺は肉まんを握る手に力を込めた。

……こんなこと、笑って聞き流せる話じゃねぇ。

『……璃羅』


『なに?』


『今度から、飯は俺と一緒に食え。

毎日は無理でも、俺なら相手できる。

それから、毎日、コンビニじゃ体に悪いから
たまには飯作ってやるよ』


『……っ! ほんとに?』

璃羅の顔がぱっと明るくなる。

さっきまでの寂しげな影は、
ほんの少しだけ薄れていた。

『けど、条件がある』

『条件……?』

『“抱いて”ってのは、俺がいいって
思った時まで保留な。

卒業したらって約束はしたけど……
簡単に人に向ける言葉じゃねぇ』

璃羅は一瞬むくれたように唇を尖らせたが、
すぐに柔らかく笑った。

『……分かった。真人くんの言葉なら、ちゃんと待てる』

その笑顔は、アイドルのそれじゃなく、一人の女の子のものだった。

『いい子だ。俺はそろそろ帰るがなにかあればここに来い』

俺はレシートの裏に住所と連絡先を書いて璃羅に渡した。

『夜中でも早朝でも、何時でかまわないからな。

じゃぁ、また学校でな。気を付けて帰れよ』

『真人君、ありがとう』

その声には、さっきまでの不安や孤独が
少し溶けたような響きがあった。

俺は彼女を見送りながら、
心のどこかがじんわり温かくなるのを感じる。

コンビニを後にして歩き出すと、
背後から聞こえる小さな足音に気づいた。

振り返ると、璃羅がキャップを深くかぶったまま、
少し距離を置いてついてきていた。

『……真人くん、ちょっとだけ、一緒に歩いていい?』

その一言に、俺は自然と頷いた。

『ああ、いいよ。夜道は一人じゃ危ないしな』

並んで歩く帰り道、夜風に混じって、
コンビニの明かりが遠ざかっていく。

璃羅の肩は少し緊張していたけど、時折小さく微笑む顔を見ると、あの学校で見せる完璧な笑顔とは違う、
素の璃羅がそこにいた。

『……真人くん』

『ん?』

『なんか、少しだけ……安心した』

俺は、言葉には出さずに頷く。

その一言だけで、俺もまた、
璃羅のことを守ってやりたいと思った。

二人で歩く足音が、静かな住宅街に小さく響いていた。
ふと横目に見た璃羅は、キャップのつばを指でいじりながら、ぽつりと声を落とす。

『……こうやって歩くの、久しぶり』

『歩くのが?』

『うん。いつも車で送迎されるから。

プライベートで誰かと並んで歩くなんて……

中学生の時以来かも』

その言葉に、俺は一瞬胸が締めつけられる。

当たり前のことすら、
こいつにとっては縛られてきたんだ。

『芸能人ってのも大変だな』

『ふふ……ね。でもね、真人くんと一緒だと、
ちょっとだけ普通の女の子に戻れる気がする』

璃羅はそう言って、少しだけ俺の袖を掴んだ。
夜風に揺れる細い指先が、やけに心細そうで、でも温かかった。

『……璃羅』

『なに?』

『無理すんなよ。アイドルだろうがなんだろうが、
疲れたら弱音くらい吐いていいんだ』

俺がそう言うと、璃羅は立ち止まり、
じっと俺を見上げた。

街灯の光が彼女の瞳に映り込んで、
まるで泣きそうに見える。

『真人くん……本当に優しいね』

その声は震えていて、
でもどこか安心しきったようでもあった。


思わず俺は、璃羅の頭をぽん、と軽く叩いた。

『優しいんじゃねぇ。

ただ、お前が放っとけねぇだけだ』

璃羅は驚いたように目を見開き、
すぐに笑った。

その笑顔は、やっぱりステージの上のアイドルじゃなく、一人の女の子のものだった。

そしてその夜、璃羅の「ありがとう」が、
俺の胸にずっと残っていた。

その次の日、学校で俺と璃羅の距離感に
気づいた奴が、思わぬ噂を
流し始めることになるのだが……。
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