室生犀星の後悔

華愁

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第二十三話 僕の秘密の暴露❬室生犀星視点❭

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寛君、朔太郎君、中野君に、僕と龍之介君が“恋仲”であることを打ち明け、
受け入れられた瞬間、胸の奥がすっと軽くなった。

「もう一つ、皆に隠してきたことがある」

僕は少し息を整え、言葉を続ける。

「僕は“前世”の記憶を持っているんだ。

だからこそ、龍之介君とこうして恋仲になれた」

思い出すたびに胸が痛む。

前世では、この時期、龍之介君はいなかった。

七月二十四日に自ら命を絶ってしまったのだ。

三人は、今ここにいる龍之介君を見つめていた。

「僕は、あの悪夢を繰り返したくなかったんだ。    
    
だからといって、“義務”だとか“責任”だとか  そんな思いからじゃない。   
    
“魂”が龍之介君を求めていたから“恋仲”になったんだよ」    

確かに、“前世”の後悔はあった。    

僕は上野に出張中で新聞の文字が目に飛び込んできた瞬間、
目の前が真っ暗になり、心の中が空っぽになった。

そこが駅の待合室なんて関係なく泣いたことも
覚えているがその後、
どうやって出張から帰ってきたのかは覚えていない。          

何もできずにただ時間だけが過ぎていく中で、
目の前の現実が音もなく崩れ落ちた気がした。

「──もう、二度と、こんな絶望を味わいたくない。

少し傲慢かもしれないが、僕は龍之介君を
縛りつけたかったのかもしれない」

なんとも自分勝手で傲慢な考えだとわかっている。

でも、自分でも呆れるくらい、
あの時の僕の心はそう叫んでいた。

“縛りつけたかった”――その言葉が、
一番正確に僕の本心を表していた。

前世で失った痛みを、今度こそ避けたい。

龍之介君を手放す恐怖は、
理屈を超えて魂の奥底から湧き上がる感情だったのだ。

「犀星君……」    


龍之介君が僕に寄りかかってきて、
重みと温もりを感じ、   “今”を守ると改めて誓った。

「なるほど、犀星がやけに芥川に
執着心を抱いていると思っていたが、
それは“恋慕”だけじゃなかったんだな」

寛君が、腕を組みながらぽつりと口にした。

その声音には皮肉や冷やかしはなく、
ただ静かな理解がにじんでいた。

「……執着、か」

僕は苦笑する。

「そうだね。恋慕というには、
あまりに必死で、
みっともない感情かもしれないね。」

僕は“前世”の記憶を思い出してからは必死だった。

だから、出張の時期をずらし、告白した。

「それでも“今世”は後悔したくなかったんだ。

“前世”では、それこそ、“世間体”やら“家族”のことやら色々気にして龍之介君への想いを
言えないままだったからね……」

例え龍之介君に拒絶されても“前世”で
自分の気持ちを伝えればよかったと
何度も後悔した。

「寛君や朔太郎君、中野君が
僕の話しを信じるかは好きにしてくれていいけど
そういう経緯があって、僕は龍之介君と
“恋仲”になったんだ。

寛君の言う“執着心”も当たってるんだよ」

朔太郎君が、しばらく黙り込んでから口を開いた。

「犀……お前がそんなことを抱えていたなんて、
夢にも思わなかったよ」

彼の瞳は真剣そのもので、
半端な同情でも軽口でもなかった。

「だけどさ、俺は前世がどうこうってのは
正直よくわからない。ただ……今こうして芥川君と犀が
幸せそうにしてるのを見りゃ、
それで充分なんじゃないのか」

中野君も頷いた。

「僕も同感です。前世があったにせよ、
なかったにせよ、室生先生の言葉には嘘がない。

今を必死に生きているんだって伝わってきます」

そう言い切るその声に、
僕は少しだけ救われる思いがした。

龍之介君は、静かに僕の手を握り返してくれた。

「犀星君……もし君が“縛りつけたい”と思ったとしても、僕はそれを拒む気はないよ」

その眼差しには、かつて誰にも見せたことのない
柔らかさが宿っていた。

「だって、僕自身もきっと、君に
縛られたいと思っているから」

僕は息を呑む。

その言葉が、どれほど僕の救いになるかを、
龍之介君は分かっているのだろうか。

「だからこそ、君の“前世の記憶”とやらに救われた
僕がいるのなら……それは決して傲慢なんかじゃない」

寛君がふっと笑った。

「やれやれ……結局のところ、
恋ってやつは理屈じゃないんだな。

前世がどうとか、魂がどうとか……

そんなことは些細な理由にすぎん。

大事なのは、目の前の相手を
手放したくないって気持ちだろう」

「そうかもしれないね」

僕は頷き、龍之介君の肩に額を預ける。

「前世での後悔を抱えながら、今度こそ君を守りたい。

それが僕の、何よりも確かな想いなんだ」

そう告げたとき、胸の奥に絡まっていた鎖が、
ほんの少しほどけていくのを感じた。
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