室生犀星の後悔

華愁

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第二十四話 再会 ❬芥川龍之介視点❭

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「龍くん?」

その呼び方に、僕は思わず足を止めた。

僕を“龍くん”と呼ぶのは、後にも先にも
たった一人しかいない……

結婚前に、結婚を考えていた
幼なじみの吉田弥生だけだ。

「弥生……?」

まさか、再会する日が来るとは思わなかった。

「龍之介君、こちらの女性は、前に話してくれた
文さんと結婚する前に結婚を
考えていたという人かい?」

“恋人”の犀星君には、一瞬で見抜かれてしまった。

「そうだよ」

僕は正直に答えた。隠す理由など、どこにもなかった。

犀星君は、ほんの少しだけ目を細めた。

咎めるわけでも、茶化すわけでもなく、
ただ淡々と受け止めているように見えた。

その落ち着きが、逆に僕の胸をざわつかせる。

「久しぶりね、龍くん」

弥生は柔らかく微笑んだ。

かつては僕の心を大きく占めていた人。

けれど今、その笑みは懐かしさと同時に、
遠い記憶の中の風景のように霞んで見える。

「……本当に、久しぶりだ。

まさか、こんなところで会うとは」

「私もよ。君はもう、作家として名を馳せて……

奥さんやお子さんもいるって聞いたわ」

弥生の声には、ほんのかすかな寂しさが混じっていた。

その視線が、自然と僕の隣にいる犀星君へと移る。

犀星君は、にこりともせず、
しかし真っ直ぐに弥生を見つめた。

「僕は室生犀星と申します。

龍之介君の……友人であり、恋人です」

一瞬、時が止まったかのようだった。

弥生の瞳が大きく見開かれる。

「……恋人、って……奥さんやお子さんは……」

普通なら理解不能だろう。むしろ、当たり前に
受け入れてくれる友人たちが、特殊なのだ。

「妻の文や子供たちは、僕と犀星君の関係を
受け入れてくれているし、また、犀星君の奥さんや
子供たちも受け入れてくれている。

僕たちはお互いの“生きる意味”そのものなんだ。

僕は犀星君を愛してるし、  
犀星君も僕を愛してくれている」

犀星君は、弥生の驚きと戸惑いを静かに
受け止めるかのように、僕の肩に手をかけた。

「龍之介君……」

その低く落ち着いた声に、自然と僕も視線を向ける。

次の瞬間、犀星君はためらうことなく僕の唇に触れた。

──弥生の目の前で。

「ん、ふぁ、んん、」

突然の口付けに驚いたけど、僕は目を瞑り、
犀星君に身を委ねた。

流石に幼なじみとはいえ
女性の前で口付けられて恥ずかしいはずなのに、
僕は喜びの方が勝っていた。

「同性同士で“穢らわしい”と思ったかい?」

唇を放した後、僕は弥生に訊いた。

弥生はしばらく沈黙して、そしてゆっくりと微笑んだ。

「……思わないわ。龍くんが幸せそうなら、それでいいの」

その声には、ほんの少しの戸惑いと、そして懐かしい優しさが混ざっていた。

「ありがとう、弥生」

僕は穏やかに微笑み返す。心の中で、
過去の思い出が柔らかく溶けていくのを感じた。

犀星君も、僕の手を握り返し、静かに頷く。

三人の間に、奇妙だけれど穏やかな空気が流れた。

過去と今とが、そっと交差する瞬間だった。
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