室生犀星の後悔

華愁

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第二十七話 呼び方

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翌日、教室に入るなり鈴野と水城君が俺の席に寄ってきて
俺が“室生犀星”を“パパ”と呼んでいることについて訊かれた。

「なぁ比呂志、昨日のことなんだけどさ……」

鈴野が妙ににやにやしている。

「え? 何のこと?」

「とぼけんなよ。“パパ”って呼んでただろ。室生犀星先生のこと」

横で水城君も、少し戸惑った表情を浮かべながら頷いた。

「僕も驚いたんだ。先生のことを“パパ”って……どういう関係なの?」

俺は一瞬、言葉を詰まらせた。

心臓がドクンと鳴って、手のひらに汗が滲む。

まさか気づかれるとは思っていなかった。

「……えっと、その……」

二人が真剣な目で見ている。

ごまかすこともできたけど、嘘をつきたくはなかった。

「……俺にとって、もう一人の父なんだ。

だから“パパ”って呼んでる。

〘芥川龍之介〙は勿論、血の繋がった父親だけど、
添削とか文章の組み立て方とかは“パパ”が教えてくれるんだよ」

“本当のこと”は言えないけど間違ってはいない。

「正確には“弟子”なんだけど、
“パパ”って呼んでいいって言ってくれたから」

そう口にした瞬間、胸の奥の緊張が少しほどけた。

鈴野は「へぇ~」と目を丸くしてから、にやっと笑った。

「やっぱり特別扱いされてるんだな。

弟子で、しかも“パパ”って呼べるとか。俺だったら絶対無理だわ。恥ずかしくて」

水城君は真面目な顔で頷いた。

「でも……素敵だと思う。先生とそんな風に近い関係でいられるのって、
すごく羨ましいよ」

俺は耳の後ろが熱くなるのを感じた。

嘘を言ってるわけじゃない。けれど、隠している“真実”がある。

それでも――二人の言葉はまっすぐで、心に沁みた。

「……ありがとう。変だと思われるかなって少し心配だったんだ」

「変じゃないよ」

水城君が首を振った。

「むしろ、“パパ”って呼べるくらいの信頼関係があるってことだろ? いいなぁ」

鈴野も笑って、俺の肩をぽんと叩いた。

「そうそう。俺らからしたら憧れだよ。だから胸張っとけ」

そう口にした瞬間、胸の奥の緊張が少しほどけた。

二人の反応に胸の奥がじんわり温かくなる。

――この秘密を少しだけ分かち合えた気がした。

チャイムが鳴り、ざわめきの中で会話は自然に終わったけど、
俺の心には確かな安堵が残っていた。

――放課後、“パパ”に話そう。

「学校で呼び方を突っ込まれた」って言ったら、どんな顔をするだろう。
笑うかな、それとも真剣に注意するかな。

……どちらにせよ、俺はきっと安心するんだろう。

二人の反応に胸の奥がじんわり温かくなる。

――この秘密を少しだけ分かち合えた気がした。

チャイムが鳴り、ざわめきの中で会話は自然に終わったけど、
俺の心には確かな安堵が残っていた。


ーー

「ただいま」      
      
室生家に帰ってきた。  
  
玄関のドアを開けると、“パパ”はいつものソファに腰掛け、
書類に目を通していた。  

部屋には夕陽が差し込み、静かで温かい空気が流れている。  
  
「おかえり、比呂志君。今日はどうだった?」  
  
彼の声に思わず胸が高鳴る。  
  
「えっと……学校で、呼び方をちょっと突っ込まれちゃったんだ」  
  
俺は少し照れながら話を切り出す。  
  
「呼び方……?」  
  
パパは眉を上げ、興味深そうにこちらを見つめる。  
  
「うん、“パパ”って呼んでることを、鈴野と水城君に……」  
  
声が小さくなる。  
  
「ちょっと驚かれちゃった」

世間から見れば、“芥川家”と“室生家”の関係は可笑しいんだと思う。  
  
「それで、なんて答えたんだい?」  
  
「正確には“弟子”だけど、俺にとってはもう一人の父親だから  
“パパ”って呼んでるって答えた」  
  
それでも、“家族の形”はちゃんとある。

「比呂志君がそう答えたなら僕は嬉しいよ」    
    
書類を机に置いて、俺をぎゅっと抱き締めてくれた。

 「いっそうのこと、“芥川家”と“室生家”、
全員で住める家を建てようか。 

ただ、龍之介君は現実主義な所があるから  
最初は反対するだろうけど、
最終的には賛成してくれるよ」

“パパ”の提案に驚いた。

“全員が住める家”

頭の中で間取りを組み立ててみる。

俺たち子どもが五人。父さんと母さん、パパとママで四人。

あわせて九人。

「……そうすると、かなり大きな家じゃないと住めないよ」

思わず口に出すと、パパは楽しそうに笑った。

「そうだね。子ども部屋は最低、二つ。

それぞれに机と本棚を置けるくらいの広さが欲しい。

父さんと僕の書斎は別々にいるだろうし、寝室も二つ。

それから……広い居間と食堂がいるね」

「うわ……まるで館じゃないか」 

想像すればするほど現実味が薄くなって、苦笑いが漏れた。

けれど、パパは本気の顔をしている。

「館でも構わない。大事なのは“みんなで暮らす”ことだよ」

その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

誰もが一緒に過ごせる場所――それは夢物語のようで、けれど、
確かにここにいる“パパ”の真剣な眼差しが現実に引き寄せていく。

「……父さん、本当に賛成してくれるかな」

「比呂志君。君が望むなら、龍之介君は折れてくれる。

あの人はそういう父親だろう?」

そう言われて、俺は小さく頷いた。

確かに、父さんはいつだって俺の願いに耳を傾けてくれる。

反対されるかもしれないけど――最後にはきっと理解してくれる。

「……だったら、言ってみたいな。“みんなで暮らしたい”って」

その瞬間、玄関の扉ががちゃりと開いた。

「ただいま」

父さんの声が、夕暮れの室生家に響いた。

俺とパパは目を合わせ、思わず笑ってしまう。

今夜――この話を父さんに伝える時が来るのだと、胸の奥で確信していた。
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