室生犀星の後悔

華愁

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第三十二話 「|羽休め《はねやすめ》」❬芥川龍之介視点❭

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僕の書斎で二人で並んで、羽休めはねやすめの執筆を始めた。

夕方の光景を思い出しながら、原稿用紙に筆を走らせる。

多加志を見つけた時の安堵感、剛君に僕と犀星君の関係を話した時の反応。

夕飯時のはまだ、遠慮がちだった剛君、朝子ちゃんの無邪気な質問。

「犀星君……」

僕は筆を置いて犀星君を呼んだ。

「多加志が徴兵されて見送った日、
もしかしたら、ビルマで戦死するかもと
毎日毎日、不安だったから……」

犀星君の“前世”では僕の死後の話しだけど“今世”は“現実”だ。

「確かに、そうだね。

本来なら、龍之介君の死後でしかも、“前世”では多加志君は
終戦四ヶ月前にビルマで戦死したって新聞で読んだんだ」

犀星君の声は沈んでいた。

前世あの頃、僕は“ただの”、“文学仲間”だったから……」

犀星君は“前世”で多加志の死を悼んでくれたんだろう。

前世あの頃、僕は次々に亡くなっていく仲間を
看取る度に心が空っぽになっていくのを感じていた。

僕は最後、肺癌だったわけだけどね……

その時に、もう一度、“やり直したい”って思ったから
“今”こうして、“記憶”を持ったまま“今世”に回帰したんだと思う」

僕は犀星君を抱き締めた。

「犀星君、愛してる。

前世あの頃の僕は視野が狭かったんだね。

間近に僕を愛してくれてた人がいたのに……」

文たち家族も寛や他の文学仲間も、そして、
“愛してくれてた人”がいたのに前世あの頃の僕は
自害してしまったのか……

胸の奥に、ずんと重い後悔が落ちる。

でも、今は違う――今世では犀星君が隣にいる。

生きて、愛して、支え合える人がここにいる。

「龍之介君、前世あの頃の君は前世あの頃の君だ。

だけど、“今世”は僕と、“家族”と生きてくれて、
多加志君も生きて戦地から戻ってきた。

その“現実”が僕は大切だと思うよ」

僕は感極まって、自ら、犀星君に口づけをした。

「“今世”では、間に合ってよかった。

さっき、“前世あの頃、僕は次々に亡くなっていく仲間を
看取る度に心が空っぽになっていくのを感じていた。”って言ったけど
龍之介君ととみ子が亡くなった時が一番寂しかったんだ」

前世あの頃から僕ととみ子さんが同列だったなんて光栄だ」

犀星君の声は落ち着きつつも、憂いを帯びていて胸が痛かった。

「僕は龍之介君ととみ子が亡くなった時、
この世に独り取り残されたような気持ちになったんだ。

朝子も朝巳いたのに、可笑しいだろう?」

僕は首を振り否定した。

前世あの頃、さっさと自害してしまった僕が言うのも
どうかと思うけど、逆の立場だったら僕も犀星君と同じことを感じたと思う。

犀星君、“今世”で一緒に生きてくれてありがとう。

羽休めはねやすめを完成させて、“家族”に見せよう」

剛君という、新しい家族のためにも。

二日間、ほぼ徹夜して二人で“羽休めはねやすめ”を書き上げた。

「やっと、書けたね、犀星君」

最後の一行は犀星君が書いた。

筆を置き、息を吐いた。

これは、犀星君の“回帰”、そして、“家族”の物語だ。
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