紫の蛹

星川過世

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 そのあとに俺たちの関係が大きく変わることはなかったが、ある日突然「一緒に遊園地に行かない?」と言われた。「もちろん二人きりで」と。
 こちらとしては全く問題ないが、氷室の意図が読めない。いや、氷室の意図が読めたことなどないのだが。

 随分寒くなってきたので、遊園地というのはそぐわない気もしたが、俺は今コートを着て駅で氷室を待っている。
 「おまたせ! 電車遅延してさ。寒いのにゴメンね」
 「いや、別に......」
 なんかカップルみたいな会話だな、と思ってしまったのでやはり寒さにやられているのかもしれない。
 ちらりと盗み見ると、氷室はコートの下にセーターとスラックスという恰好だった。

 「春川君って遊園地だと何が好き?」
 「絶叫系とか」
 「あー」
 「お前が苦手なら今日は別に乗らなくていいよ。他にも色々あるだろ、コーヒーカップとかお化け屋敷とか」
 慌てて言うと、少し考えたような顔をしたあと「別に苦手という訳ではないんだけど......」と呟いた。俺が無言で先を促すと、「......叫び声あげちゃうと恥ずかしいよね」と続ける。
 表情はまだしも、声なんて考えたことなかった。みんなあげているし、そもそも絶叫するような場面で人の声なんて誰も気にしないだろう。思ったことを正直に告げると、「そうかぁ」と氷室は顔を顰めた。
 「あ、でも春川君の叫び声は聞いてみたいかも」
 「だから人の声聞いてる余裕とかないって」

 結局絶叫系はやめて、乗れそうなものに適当に乗っていった。
 ノープランの極み、という感じだが普通に楽しい。遊園地なんて久しく行っていなかったが、たまには悪くない。いつの間にかコートは脱いでいた。
 氷室の方も楽しそうだ。コーヒーカップで速度を最大まで上げたり、お化け屋敷で棒読みで「こわーい」と言いながら抱き着いてきたり。
 「あ、着ぐるみ居る! 撮ってもらおうよ」
 「あー、俺が撮ってやるよ」
 「ええ!? 僕とのツーショットいらないの!?」
 いや、着ぐるみが居るからスリーショットだろ。などと俺が考えているうちに氷室は着ぐるみの元へ到着していた。スタッフの人の申し出を断って着ぐるみと氷室のツーショットをカシャカシャと撮った。
 撮っている最中に「同年代の同性の写真を撮る男子高校生」が周りにどう見えるかというのを考えてしまったが、もう遅い。「ありがとうございました」と軽く会釈して通路の脇に寄り、アルバムアプリを開いた。

 「どう? 可愛く撮れた?」
 確かに無垢な子供のように着ぐるみの横でピースする姿は可愛らしい。もちろん口には出さずにチャットアプリで写真を氷室のスマホへ送った。
 「ありがとう。そっちに残った写真は自由に使っていいよ」
 「は?」
 一瞬普通に意味がわからなくて、わかったあとに「使わねーよ」と氷室を小突いた。多分使うけど。
 氷室はきゃっきゃっと笑いながらその場で飛び跳ねる。子供か。

 「って、うわ」
 そのまま氷室が抱き着いてきた。薔薇の匂いに包まれる。慌てて引き剝がそうとするが、意外と力が強い。
 「大丈夫。誰も見てないよ」
 やけに深刻な声を出されて、何も言えなくなった。確かに絶妙に通りからは見えない位置ではある。しかし絶対に誰にも見えない位置かと言われればそうではない。それでも聞いたことのないトーンの声に、俺は氷室を引き剥がすことが出来なかった。
 「何、どうしたの」
 「今、どんな感じ?」
 「はぁ?」
 どんな、って。
 「戸惑ってるよ」
 そうじゃなくて、と氷室は俺の肩口に顔をうずめた。薔薇の匂いが強くなる。

 「僕の体、抱きしめてみてどう? なんて言っても怒らないから」
 とんでもない質問を受けているような気がするが、やけに真剣だ。なにか深い事情でもあるのかもしれない。
 「えっと、体温低いな」
 「他には?」
 「細い......ちゃんと食えよ」
 「硬い?」
 「そりゃあ痩せてるんだから硬いよ」
 「なんか普通の男みたいじゃない?」
 「え?」
 普通じゃない男ってなんだ。言っている意味がわからなくて氷室を見たが、顔を見せる気はなさそうだった。
 「......ごめん、行こうか」
 「え、氷室......」

 離れていこうとする腕を、咄嗟に掴みかけ......やめた。
 そらされた氷室の顔が、今にも泣きだしそうだったから。
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