【完結】『拝啓、親愛なる王子殿下』代書屋オメガの秘めたる愛を綴ります。

亜沙美多郎

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第三章

旅立ち

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 レオナルト公爵が素晴らしい方だとは知っている。だからといって二つ返事で成立させるのは軽率すぎるのではないか。
 大体、私がレオナルト公爵の養子になれば、ここを出て行かなければならなくなる。そうなればクロマは、また一人の生活に戻ってしまうではないか。
 代書の仕事はどうなる。念願叶って始めた仕事。やっと慣れてきたところだ。こんな中途半端に辞めなければならないなんて……。
 
 ノルディラ街で住み始め、地に足をつけて歩いていると実感できるようになった。やっと素直に笑えるようになったのだ。

 それでもエルネスト王子殿下と結婚したい気持ちも嘘ではない。先日まで私が懸念していた身分差の問題を、エルネスト王子殿下が先に解決に導いてくれていた。クロマが言った通り、計画性も責任もなく突発的に結婚を言い出す人ではない。
 私のために根回ししてくれていたなんて、本気で考えてくれている証拠だ。

 エルネスト王子殿下と番になりたい。クロマと離れたくない。そのどちらも譲れないなんて、自分勝手でしかないから、どちらも選べない。

 クロマに視線を向ける。
 刹那目が合ったあと、エルネスト王子殿下とレオナルト公爵の方を向き、深く礼をした。
「エクラを、どうぞよろしくお願い致します」
「クロマさん、なんで? だって私は……」
「良い話じゃないか。望んだって叶うもんじゃない。ずっと想っていた方なんだから、しっかり甘えていいんだ、エクラ」
「でも、そうすればクロマさんと離れ離れになってしまいます」
「なぁに、一生会えなくなるわけじゃない。それに、ウチから王族に嫁いだなんて鼻が高い。店にも箔が付くってもんだ」
「クロマさん……」

 クロマは特に悲しそうでも寂しそうでもない。
 私だけが迷っているのだろうか……。

「クロマに会いたいなら何時でも会いに来ればいい。家族同然なのだから」
 エルネスト王子殿下が私を宥める。これでは駄々をこねる子供と同じだ。
 
 更にレオナルト公爵からも宥められてしまった。
「エクラと言ったね。私は君の仕事ぶりを良く知っている。だからエルネスト殿下から説明された時、養子の話も快く承諾した。まさか仕事を依頼している代書屋が、エルネスト殿下の想い人だなんて驚いたよ。けれどこれも縁だ。答えは何時でも良い。私はいつでも大歓迎だ。」

「レオナルト公爵様、ご好意に感謝致します。直ぐにお返事が出来ないのは心の準備が出来ていなくて……」

「そりゃそうだ。私だってエルネスト殿下と何時間も話し合って決めた。その日は熱く語りすぎて、そのまま泊まって頂いたくらいだ。エクラに即答しろなんて無茶は言わないさ」

「ありがとうございます。エルネスト王子殿下との結婚なんて夢みたいで……。夢だと言われた方が信じてしまうかもしれません」
 正直な気持ちを話す。
 
 エルネスト王子殿下は即座に「これが夢だと言うなら現実に変えるまでだ」と言った。

「エクラ、どうせ悩んでも答えは同じだ。君はアッシュベイル第三王子殿下ほど好きになる人が、この先現れると思うのか?」
「そんなの、絶対にいません」
「そりゃそうだ。ドミナクス辺境伯から逃げ出した時だって、君は自分の物は何一つ持っていなかった。なのに、アッシュベイル第三王子殿下から頂いたインク瓶と鳥の人形だけは、肌身離さず持っていたじゃないか。今でも空になったインク瓶も捨てずに飾っている。それだけ想っているのに、あとは勇気を出して飛び込むだけだ」
 クロマの力説に、私は大きな一歩を踏み出す勇気を与えてもらった。
 ここでエルネスト王子殿下の申し入れを断れば、一生後悔するだろう。
 やっと気持ちを伝え合えた。満月のパーティーの夜から一年以上経っている。
 戸惑っている場合ではない。

 私は一つ大きく深呼吸をして、二人に対峙した。
「あの、レオナルト公爵様。養子の件、よろしくお願いします」
 深くお辞儀をした。
「勿論だ」レオナルト公爵は朗らかに言い、私に頭を上げるよう促した。

 顔を上げるとエルネスト王子殿下と目が合う。
 私に手を差し出し「これから、全力で結婚に向けて動く」握手を交わし、そのままハグをした。
「クロマ、それまでエクラをよろしく頼むよ」
「お任せください。アッシュヴェイル第三王子殿下」
 クロマとも握手を交わす。

 私がレオナルト公爵の養子に入るとは、クロマ以外の誰にも秘密だった。
 チップには、ギリギリになってから引っ越す旨を伝えようとクロマと話し合った。

 それからの日々は瞬く間に過ぎていき、無事、レオナルト公爵との養子の手続きが完了すると、引越し当日の朝を迎える。
 笑って旅立ちたいと思っていたが、やはり無理だった。
 私は朝からクロマから離れたくなくて、ずっと行動を共にしていた。

 昨日の夜は屋上で一緒に夜空を見上げ、離れていても、あの月の続きにお互いが存在していると話し合った。

 やがて迎えの馬車が来て、旅立ちの時が来た。

「エクラ!! これ、馬車の中で食べてよ」
 隣のパン屋からチップが飛び出してきた。
 袋には白パンと、私の好きなスパイスたっぷりのパンも入っている。
「本当に、急に引っ越すだなんて言うんだもんな。エクラは急に現れて急に消えちゃうんだ。でも、俺たちはずっと親友だからな!! いつでも帰ってきていいからな」
「チップ、ありがとう。これから忙しくなるけど、たまには遊びにくるからね。チップの焼いたパンが食べたいから」
「あったり前だ!! びっくりするような美味しいパンを作ってやるよ」
 ハグをして、別れを告げる。

「じゃあ、クロマさん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 『さようなら』は、やめようと二人で決めた。
 王都に行ったとしても、来られない距離じゃない。
 だから、また帰って来られるようにと願いを込めて、言葉を交わした。

 馬車に乗り込み、レオナルト公爵の居城へと走り出した。
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