【完結】発情しない奴隷Ωは公爵子息の抱き枕

亜沙美多郎

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第一章

3、言い渡された仕事

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 ブランディーヌと公爵であるゴーティエは、結婚こそ早かったもののなかなか子宝に恵まれず、ようやく授かったのが息子のエリペールなのだと言った。
「あの子は親の贔屓目なくとも優秀よ。だけど一つだけ……夜に一人じゃ眠れなくてね」
 概ね一歳頃からは自分の部屋が与えられ一人で寝るようになるのだが、エリペールに関しては三歳まで両親と同じベッドで眠っていたそうだ。

 けれどもゴーティエもブランディーヌも仕事が忙しく、毎日子供に合わせて眠るわけにはいかない。そこで従者に頼み、添い寝をさせてみたが、どの人を宛てがっても泣き喚く一方で効果が得られず、その後、あの手この手を使っても寝付けなかった。
 最終手段が奴隷を買う……というものだったと説明した。

「それでね、貴方にはあの子の添い寝役として働いて欲しいの。世話役も兼ねてね」
「添い寝……? とは、なんですか?」
「添い寝も分からないの?」
「ご、ごめんなさい」

 慌てて深く頭を下げた。
 以前は少しでも口答えをすると、番人から手や足が飛んできていた。
 反論してはいけない、訊ねてもいけない。ただYESとだけ返事をしろ。そう教えられてきたのに、場所と人が変わったことで油断してしまったのだ。

 あろうことか公爵夫人の前でそれをしてしまうなんて……。
『ヘマをするんじゃねぇよ』と言われたのを早くも破ってしまった。
「どんな罰でも受けます。どうか、どうか、追い出さないでください」
 一層深く頭を下げ、肩と膝を振るわせる。

「マリユス?」
 ブランディーヌが困惑したように話しかけるが、頭を上げられなかった。
「なんでも言われた通りに働きます。泥も運びますし雨の日も風の日も休みませんから」
「何を言っているの?」
 ブランディーヌが歩み寄り、そっと背中に手を置いた。

「つっ!!」
 背中がびくりと戦慄いた。
 今朝番人から蹴り飛ばされた所に触れられたのだ。
 こんなのは日常茶飯事で、痛くても反応してはいけない。
『どんなに苦しくても外の世界はもっと過酷だ。お前たちに優しくしてくれる人などいない。これは訓練だ』番人はそう口を揃えて言っては奴隷を殴り、蹴った。

「痛むのね? 背中だけ?」
「どこも痛みません。殴られてもきちんと我慢できます。罰は受けます。どうかお許しを」
「マリユス、先ずは顔を上げなさい」
 ブランディーヌに促され、ソファーに座った。

「貴方がどんな仕打ちを受けてきたのか、今ので理解しました。でもね、ここでは誰も貴方に暴力などふわないし、泥なんて運ばせません。雨の日や風の日に外で仕事をさせたりしませんよ」
 ふわりと包み込まれ、じんわりと体が温かくなった。
 ブランディーヌは僕の頭を撫でながら、見た目以上に華奢な体に驚いた。

「先に食事にしましょう。話はその後で構わないわ」
「滅相もございません。僕は残り物で十分です。何も残らなければ……その次に残った時に……」
「マリユス、貴方は家族の一員になったのです。残り物など与えるはずもありません。同じ食事を一緒に摂るのです。さぁ、参りましょう。そろそろエリペールも湯浴みから上がる頃よ」
 手を引かれ、ダイニングへと案内された。
 どこまでも続く長い廊下の両脇に、幾つものドアがある。
 この広い屋敷のどこに何があるのかを、公爵夫人は把握しているようだ。
 辺りをキョロキョロと見渡しながらついて行くが、同じような景色が続き、今自分が屋敷のどの辺にいるのかさえ想像できない。
 促されるままダイニングへ行くと、エリペールが手招きをして隣に座らせた。

「お母様のお話は終わった?」
「いえ、あの……まだだと思います」
 エリペールはうんざりしたように大袈裟なため息を溢す。

「僕がクソだからいけないんです。言われていることが理解できず、ごめんなさい」
「クソだって? なぜマリユスがクソなのだ?」
「オメガはクソだと教えられました。この世で最も無能で周りに害を及ばすものなのだと。もしもラングロワ様が買ってくれなければ、僕は明日から性奴隷? というものになっていたそうです」
「マリユス!!」
 口を挟んだのはブランディーヌだ。
「ごめんなさい。あの、やっぱり僕は……」
 喋れば喋るほどボロが出る。やはり番人が話していたことは間違いではない。
 口をキツく噤み、目を閉じた。

「いえ、突然大きな声を出して悪かったわ。貴方は謝らなくていいのよ」
「そうだ、君がクソなんかのはずはないだろう。だって私がえらんだのだから」
 エリペールは五歳だと聞いていたが、とてもしっかりと喋る。ブランディーヌが言っていた通り、とても利口なのだと思う。

 こんな賢い子供に、自分のような無能な奴隷を許した理由は分からないが、優しさに触れ、体の芯が暖かくなるのを感じた。

 その後、少し遅れて公爵様であるゴーディエが着席すると、タイミングを測ったように豪華な食事が運ばれた。
「食べ方は分からないでしょうから、見様見真似で食べるといいわ。次第に慣れて行けばいいのよ。怒らないから、安心なさい」
「ありがとうございます」
 ブランディーヌの言葉にゴーティエは不思議そうな顔を向けた。

 僕はやはり全く綺麗に食べられなくて、きっと美味しいであろう料理も味わえないまま終わってしまった。
「ははっ! マリユスったら幼い子供のようだな」
 テーブルも服も顔もソースで汚れてしまっている。五歳のエリペールでさえ、何一つ汚さず食べているのに……。流石にこれは後でたんと殴られるだろう。

 チラリとゴーティエを覗き見ると、目が合ってしまった。
「奴隷のマリユスだね。構わない。最初から何でもできるとは思っていない。これから少しずつ慣れていけばいい」
 恰幅の良い、おおらかなその人も怒ったりしなかった。
「何故怒らないのですか?」
 思わず訊ねてしまった。
「怒る必要がないからだ」
 ゴーティエが即答すると、ブランディーヌが口を挟む。

「エリペールが懐いているわ。貴方を早く自分の部屋に招きたくて仕方ないほどにね。こう見えて、とても人見知りをするのよ。マリユス、添い寝というのは、夜にエリペールと同じベッドで寝るということよ。あとは本人の指示に従って頂戴。こんな言い方の方が、貴方にとっては良いのかしら」
 最後だけ子供を躾けるような口調になり、ピンと背筋が伸びた。
「はい」
 返事をすると、エリペールは眸を輝かせて立ち上がる。
「では、ようやくマリユスを私の部屋へ連れて行っても良いのですね?」
 善は急げとばかりに、ダイニングルームを後にした。
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